水色マシェリ

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じめっとした暑さが肌に纏わり付く水無月の終わり。
梅雨の中休みなのか今日は憎らしい位にお日様がサンサンと輝いている。
節電を呼びかける近年、勿論真選組屯所でもそれは同じでクーラーなんざ以っての外。
茹だる程の暑さの建物の中を、水が入ったコップ片手に自室への道のりを歩く。


「美月さん、水持ってきましたよ」


スッと戸を開ければ、扇風機も点けない蒸し暑い部屋の中に横たわる水色の髪の女の子。
んー…、と苦しげに唸った後、髪と同じ色をした半開きの目が苦笑する俺を映した。


「大丈夫ですか?」

「……痛いです…」


お腹を抱えて蹲る彼女の傍にそっと座り、少しでも楽になるようにと腰を摩る。
ありがとうございます、と力無く笑って礼を言う美月さんが普段の元気な姿から想像出来ない位弱々しくて、俺には分からない女の子特有の痛みとは酷く痛いものであるんだなと漠然に思った。


「薬飲めますか?」


小さく頷いて気怠そうに体を起こす彼女に持ってきた水を差し出す。
錠剤を口にし、水を含むと白い喉がコクンと鳴った。


「うー…痛いです……」

「飲んで直ぐには治りませんよ。薬が効くまでまだ横になってて下さい。腰、摩りますから」


そう言うと、素直に背を向けまた小さく丸くなる背中。
苦しげな表情が早く和らぐように、手の平を軽く当て、優しく撫でる。


「(…女の子、なんだよな)」


隊服の上からでも分かる華奢な身体。
その細い腕にはたくさんのものを抱え、その小さな背中にはたくさんのものを背負っている。
二人いる俺の年下の上司は、どちらも意地っ張りで素直じゃなくて不器用な似た者同士。


「(副長に言えばいいのに…)」


補佐官なのだからいつも一番近くで仕事をしている副長に言うのが一番手っ取り早い。
何よりあの人は何だかんだ二人の子供に甘いから、体調不良を訴えれば休みをくれる。
なのに、わざわざ居るか居ないか分からない監察の俺の所に来るその理由はたった一つ。


「(余計な心配、かけたくないってね。ま、気恥ずかしいってのもあるんだろうな。やっぱり女の子だし)」


そっと覗き込んだ横顔は、元々白い肌がそれすらも通り越して青白くなっている。
副長が見廻りに行くまで相当我慢してたんだろう。
ホント、意地っ張りだ。
もっと我が儘言ったってバチは当たらないのに…。
同じ位の歳頃の女の子なんて、オシャレしたり、友達と遊んだり、バイトしたり、恋なんかもしちゃったりして。


「(血なんか、浴びないんですよ…)」


それでも、それがこの子達の選んだ道。
どんなに冷たくどす黒い世界でも護りたいものがそこにあるから。
蔑まれても罵られても、決して振り返る事はしないと誓った、ひどく優しくて残酷な幼い過去。


「(俺は……)」

「…山崎さん?」


名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
初めて自分の手が止まっている事に気付き、不思議そうに首を傾げる美月さんに、何でもないですと微笑んだ。


「顔が大変な事になってますよ。生まれたてのゴリラみたいです」

「何ですかソレ。しかもゴリラって局長じゃないですか」

「近藤さんは年季入ったゴリラです」


枕がお父さんと同じ臭いするんですよ、と笑う美月さんに小さく安堵の息をはく。
顔色もさっきより随分よくなった。


「具合どうですか?」

「すっかり回復です。お世話になりました」

「はい、お世話しました」


アハハ、と笑う声が部屋に響く。
痛みが引いた事にすっかりご機嫌の様子だ。
さァて俺も仕事仕事っと、と立ち上がるが何故か起き上がる気0の美月さん。
あー…、嫌な予感。


「何してんですか。早く部屋戻んないと副長帰ってきちゃいますよ」

「んー、そうなんですけどね」


ふぁぁあ、なんて大きな欠伸すんの止めて下さいよ。
女の子なんだからちゃんと手当てて隠すようにっていつも言ってるのに。


「痛み止め飲んだら眠くなっちゃいました。おやすみなさい」

「はーい、おやすみなさい…って言う訳ないでしょう!!!!勘弁して下さいよ!副長に怒られんの俺なんですからね!!??」


ゆさゆさゆさゆさ。
いくら肩を揺すぶって睡眠妨害を謀ってもこの子の中で、寝る以外の選択肢は既にないらしい。
ていうか起きる前に俺が殺される。
無理矢理起こそうとしてキレた彼女に半殺しにされた過去が蘇り、思わず体が震えた。
そうしている間にも大きな目は段々と瞼に隠れ、潔く本物の鬼と鬼ごっこをする覚悟を決めると重い溜息をついた。


「今回だけでお願いしますよ…」

「…努力しま、す……」


よっぽど眠いんだろう。
もう半分、夢の中に入っている。
理不尽に怒られるこっちの身にもなってほしい、と心の中でぼやきながら押し入れからタオルケットを取り出し、腹が冷えないようにと横になる彼女にかけてやる。
さっきと同じようにトンと傍に腰を降ろすと、夢の狭間にいる美月さんの口がゆっくりと動いた。


「私…お母さん、知らないですけど……もし、いたら…こ、だったの…か…な………」


ポツリポツリ、紡がれた言葉。
驚き目を見張った後、ハハと苦笑が漏れた。


「お母さん、ですか」


複雑ですけど、褒め言葉として有り難く頂いておきますよ。
安らかな寝息をBGMに、鬼が帰ってくるまでミントンのガット張りでもしますか。


きみが笑っているのなら

(僕はそれでいいんです)
(たった一つ、それが全てだから)



─笑顔が絶える事のないように




end

のほほ〜んな小説。
そしてレディースデイで痛いのは私…。

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