水色マシェリ

□最後
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「イタクも要らない物拾ってきてくれたものよね」

「…………え?」


クスクス、嘲笑う複数の声が勝手場に響き、見下した眼が美月を捕える。
話の中心人物は自分のようだと悟る前に、はて?と美月は首を傾げた。


「アンタが来てから騒ぎばっか。正直迷惑なのよね。おまけに家事は録に出来ないし。ホント使えない人間」


ちょっと!!、と冷麗の怒ったような焦ったような声が間に割って入る。
美月を庇うように前に出た雪女に、女妖怪達の顔が不機嫌に歪められた。


「何よ冷麗。私はそっちの役立たずに用があるの」

「イタクに振られたからって美月に当たるのは間違ってるわ」

「ッ…!!アンタには関係ないでしょ!!!!」


刺々しい空気。
先程から美月が一言も喋っていない事に気付いた冷麗が「大丈夫。気にする事ないわ」と声をかけるとハッとしたように水色の目が僅かに見開いた。


「冷麗さん…、私……」

「美月、気にしちゃ駄目よ。私た…「お礼言ってません!」


私達がいるから、そう続くはずだった冷麗の台詞は物の見事に遮られ、はい?と呆気に取られる。
そんな冷麗の様子を気にするでもない美月はどこか興奮気味に言葉を捲くし立てた。


「イタクさんに、ありがとうって言ってません!私、今から言いに行ってきます!随分遅くなってしまいましたがお礼はきちんとするものですよね!」

「え、ええ…。そうね……」

「教えて頂きありがとうございました!お話の途中ですが、少々席を外します!」


自分に意地悪をした(当の本人は分かっているやらいないやら)相手にまでご丁寧に頭を下げていった事に、その場にいた皆がぽかんと呆気に取られる。
そんな中、一足先に我に返った冷麗は、たたっ、と軽快に山を駆けていく美月の後ろ姿を眺めながら、彼女らしい、と笑みを零したのだった。

─────

─よかった

道のない道を行きながら思い返すのは、初めて彼に、イタクに会った時の事。
警戒心剥き出しで、泣き顔まで晒して、決して良い出会いとは言えないが、それでも彼に助けられたのだという事に心が弾んだ。
ありがとう、を言いたい。
見つけてくれて、助けてくれて、優しくしてくれて。
それから、……それから、

─それ、から……?

まるでぜんまいのネジが切れたおもちゃのように、今まで軽かった美月の足取りが徐々に重くなり、止まった。


「……わた、し……」

─何を、思った? 何を、考えた?

どうして、どうして、どうして
それは、いつから?
深い眠りにつけるようになったのは、
静かな朝に慣れたのは、
煙管の残り香に影を重ねなくなったのは、
いつから いつからだ?
この世界にいる事に、
友達と一緒に笑い合う事に、
彼の隣にいる事に、
違和感を感じなくなったのは…


「…こん、ど…さ……」


忘れてなんかいない。
あの日誓ったあの約束。
あなたを護ると決めた。
この命に代えても、必ず護り通すと。
一人ぼっちの自分を家族と呼んで、居場所を与えてくれた優しいあの人。
大好きで大切でたった一つの、温かい存在。

─それなのに…

ガサッと葉の擦れた音に美月はハッと我に返った。


「何してんだ?」

「イタ、ク…さ……」


怪訝に寄る形の良い眉。
聡い監視に動揺を悟られてはいけないと、何でもない風を装って笑顔を貼付けた。


「…どうした」

「いえ…ただ、イタクさんにお礼をと」

「礼?」

「はい…」


修業で疲れた彼を想いながら台所に立って、
薄味の味噌汁を啜る明日の朝の彼を描いて、
洗濯をしながら交わす会話も、
真剣に稽古に励む背中も、
綺麗だねと一緒に見上げた茜空も、星空も、


「ありがとう、って言いたくて…」


簡単に想像できる、いつも通り。
遠野の妖怪達がいて、
気さくな友達がいて、
そして─彼がいる、そんな日常。


「遅くなりましたが、助けて頂いてありがとうございました」

「………ああ」


ペこりと下げた頭。
その上で、複雑に顔を歪めたイタクがいる事を美月は知らない。


アンドロメダは嘲笑う

(明日、明後日、明々後日、)
(近い未来に必ずアナタがいた)



─なんて滑稽な勘違い




end

不安にかられて複雑に想いが絡み合うのです!

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