水色マシェリ
□ピンク
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真上に広がる恨めしいほどの快晴を傘の下からそっと覗き見る。
足元に置いてある洗い済みの肌襦袢を早く干さなくてはいけないのに思考はてんで違う方を行く。
─逃げない
そう決めたはずなのにほんの一歩が踏み出せずにいる。
大丈夫だと、認めてくれる人がいないだけでこんなにも自分は弱い。
受け入れてくれるだろう、そう里長は言っていたがどうしても怖いのだ。
あの金の瞳に拒絶の色が差したらと思うと、軽蔑の眼差しを向けられたらと思うとひどく…─。
「いつまでボサッとしてるつもりだ」
「ひッッ!!!???」
一人だとばかり思っていた空間で後ろからかけられた声に心臓が飛び出るほど驚いた。
慌てて振り返れば不機嫌そうな顔をしたイタクがそこにいる。
「イ、イタクさん…」
「手動かせ。終わんねーだろ」
新月の夜から顔を合わせないようにしていたからか何となく懐かしさを感じる。
「日暮れまでにやんねーと他の仕事に手回んねーかんな」
「あ……はい…」
「俺は稽古に行く。ちゃんとやっとけ」
背を向けたイタクに胸が塞がる。
だが、言うなら今しかないのだと押し寄せてくる不安に流されぬよう意を決して口を開いた。
「…どうして聞かないんですか?」
「……あ?」
振り向いた彼の鋭い目を不安に揺れる水色がジッと見つめる。
反らしてしまえばまた逃げ出してしまいそうになるからと恐怖を押し殺し懸命に。
「私が人間ではないと気付いていらっしゃるじゃないですか」
「…………」
「どうして何も聞かないんですか?言わないんですか?責めないんですか?」
「…おめーが言わねー限り人間かそうでねーのかなんか分かんねェだろ」
「でしたらっ…「俺は無理強いさせる趣向は持ち合わちゃいねェ」
徐にイタクが一歩踏み出したものの二人の距離はまだ遠く、まるで今の二人の心を体現しているかのよう。
「だから、おめーが話すのを待ってる」
「イタクさ…「それに」
ほんの僅かに細まったつり気味の金色。
「例え何であれ、おめーはおめーだ。頭ン中空なら難しい事考えてっこたねェ。ヘラヘラいつもみてーに笑ってろ」
その中に宿る不器用な彼の優しさ。
「おめーが静かだと気持ち悪ィんだよ」
フイッと顔を背けたイタクに美月は目を大きく見開いた後、視界が少しだけ滲むのを感じた。
「わ、私…っ化け物なんですよ!!??」
「ああ」
「たくさんたくさん非道い事してっ」
「………」
「たくさんたくさん血を浴びてるんですよっ!!??」
「ああ」
「それでもっ…!!」
「構わねーよ。大体妖怪も化け物も変わんねーだろ」
「ですがっ…「グダグダ言うな」
強い口調で一蹴し、ゆっくりと近づくイタクに美月は肩をビクリと震わせた。
怯えるその姿が追い詰められた小動物のようで加護欲を掻き立てられる。
「人間でも化け物でも関係ねー。言っただろうが。お前はお前だ。それだけで十分でねーか」
歪められた彼女の顔は泣くまいと必死に涙を堪え、俯いた。
唇を震わせながらポツリと呟いた言葉は小さくともすんなりとイタクの耳に届く。
「………いいんですか?」
「ああ」
「本当に、本当に……いいんですか?」
「しつけーな馬鹿」
ゆっくりと顔を上げた美月は少し濡れた瞳を細め微笑む。
目の前にいる、彼が縮めてくれた距離がひどく嬉しい。
近くにいる事を許された、存在を認めてくれた、それだけでどこまでも強くなれる。
「話します全部。聞いて頂けますか?」
「ああ」
─────
侍の国。
そう呼ばれていたのはもう昔の話。
この星の外に広がる膨大な宇宙空間より舞い降りた異人"天人"に国は簡単に鎮圧され、彼らの台頭により侍は弱体化の一途を辿る。
「私は人と"夜兎族"という天人の混血です。ですが父、夜兎の血を濃く受け継いだため普通の夜兎と変わりはありません」
「……夜兎、ってのは?」
「驚異的な戦闘力を誇り血戦を嗜好する戦闘民族、日に嫌われた種族とも呼ばれます。私達は日の光に弱いですから」
成る程、とイタクは思った。
目の前の女の肌は日焼けなど知らぬほど透き通るように白い。
傘を手放さずにいたのも全て合点する。
「母は私を産んですぐに亡くなったそうです。男手一つで育てて下さった父も私が七つの時に亡くなりました。その後に私を拾ってくれたのが"侍"です」
己の信念を掲げ真っ直ぐに生きる。
決して折れる事のない魂が放つのは鈍いながらも強い光。
「全てを失った私に居場所を、そして武士道を教えてくれました」
大切な何かを、大切な誰かを、護る事を教わった。
それは決して優しいものではないけれど、不器用に荒々しく、いつだって自分を支えてくれた大切な場所。
「獣にも人間にも成り切れない半端者。思想だけは一丁前のフリした生意気な小娘──これが、私です」
ネタばらしをすると案外呆気ないものですね、と笑ってはいるもののどこか物悲しさを漂わせるその娘。
「ありがとうございます。聞いて下さっただけで私…「行くぞ」
ただ一言、すぐに背を向けて歩き出したイタクに美月は訳が分からないと戸惑いを隠せない。
「え、あ、あの!どちらへ!?」
「実戦場だ。俺に言えたならアイツらにも言えんだろ」
目を見開いた。
まだそこまで心の準備は出来ていない。
慌ててその強引すぎる男の背に呼びかけるとその歩みはピタリと止まった。
「待って下さい!私まだそこまで…イタクさんに聞いて頂けただけで満足ですから。不快な思いをさせてしまっても、それでも…「本当の馬鹿だなお前は」
険しい顔つきで、怒りを含んだ金の瞳。
どうしてそんな顔をするのか分からず、美月は言いようのない不安に掻き立てられる。
「俺達はおめーを拒絶したりしねー。不愉快にさせられた覚えもねー。勝手に決め付けんな。もっと、」
─俺達を信じろ
貫くように、そう言われた。
力強く、そう言ってくれた。
もし今声を出してしまえば、きっと情けなく咽び泣いてしまう。
俯きながらもただひたすら美月はコクコクと首を縦に振った。
ふと、コツンという靴音と彼の靴が視界に入ったと思えば、頭に布の感触が落ちる。
「見ねーから…今だけ泣いとけ」
ふわりと被せられた白い生地と静かな優しい口調。
詮が外れたように、ぶわっと我慢してた涙が次から次へと溢れてくる。
泣き止んでいつものように笑ったなら、彼も分かりにくい笑顔をくれるだろうか──そう思いながら美月は遠慮がちに彼の名を呼ぶ。
「イ、タクさ……」
「何だ」
「…あり、がと…ございま、す……」
「……バァカ」
コツンと頭を小突いたイタクが小さく笑った気がした。
あっかんべーのうらっかわ
(素直じゃない憎まれ口が優しいなんて)
(そんなの、卑怯ですよ)
「人間じゃないって……今更だろ」
「毎食飯三合は食わねーよ」
「丸太担いだりもしないわ」
「岩ぶん投げたりもな」
「ケホ…恐ろしい身軽さだし」
「だから言っただろバッカだなおめー」
─あれ?何で悩んでたんだっけ?
end
無駄に長く甘いかすらも謎で更にオチが…!!
基本ヒロインちゃんは頭空なので考えなしに行動してます。
そりゃバレるわ。笑