水色マシェリ
□涙
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今宵は新月。
闇に包まれた世に血が騒ぎ、紅き肉を求めさ迷う輩が居るやもしれん。
よいか、決して外に出るでないぞ。
「缶蹴りする人、この指とーまれッ!!!!」
赤河童から忠告を受け、子供達の遊び相手に美月達七人が任命されたのは太陽が西に傾き、赤に染まる頃。
「オイ、せめて家の中で遊べる遊びにしろ」
「では…鬼ごっこする人、この指とーまれッ!!!!」
「…もういいから黙ってろ」
キャッキャと回りに集まる子供達は姿形は違えど、人間の子供となんら変わらない。
遊ぶ事が大好きで悪戯好きな普通の子。
「子供相手とて手加減は一切致しません!本気でかかって相手を潰す"是遊びの極意也"です!」
「大人気ねーだけだろ。たかが遊びでムキになってどうする」
「遊びはムキになるから面白いのです!負けて食べるご飯より勝って食べるご飯の方が美味しいに決まってます!」
「…そうかよ」
大部屋に集まった子供達の輪の中ではしゃぐ美月は実年齢よりもずっと幼く見え、冷麗と淡島は微笑ましく眺めていた。
「いいじゃねーかよ、ああやって楽しそうにしてんだしさ」
「…子供と言え妖怪だろ。本気出されりゃ終ェだ」
「ふふふ、イタクったらすっかり過保護になって」
「別にそんなんでねー」
眉間に皺を寄せ、難しい顔をするイタクを宥めようとしても一向に表情の険しさは変わらない。
これでは子供達が怖がってしまうという事に気付いているのだろうか、と冷麗と淡島は顔を見合わせ苦笑した。
「…コホコホ……」
足元から小さく咳込む声が聞こえると、お手玉を持った紫がひょいとイタクを下から覗き込み、じっと見つめる。
「ケホコホ、イタク…寂しい?」
「な…ッ!!」
紫の一言に動揺するイタクを見て、淡島と冷麗が悟ったように「お?」「あら」と愉しそうに笑う。
「ンな訳ねーだろ!!!!」
「そうかそうか。イタクは寂しかったのか」
「だから違ェ!!!!」
「そうよね。美月は今遊ぶのに夢中みたいだし」
「お前ら…!!!!」
いいおもちゃを見付けたと言わんばかりに愉しげな二人にイタクは益々ムキになる。
何を言っても無駄だと思ったのか「出てくる」とその場を後にする背中を見ながら、バレバレの照れ隠しだと思うのだった。
一方、美月はというと屋敷中を使い雨造、土彦と共に子供達とかくれんぼを楽しんでいる。
「よっしゃ、じゃあ次はオイラーが鬼な」
「ちゃんと百数えろよー」
「でもよォ、その前に何か食わねーか?小腹減っちまったぜ」
「では、台所から何か持ってきますね。少しだけ待っていて下さい」
「おう、美月ーよろしくな」
見送られながら広間を出て、ふと外を見るとほんの少し前まで茜色だった空はすっかり闇の色に染め上がっていた。
月のない夜。
ネオンも街灯も民家の明かりさえもないこの里は黒の絵の具で塗り潰したかのよう。
静かさに沈む真っ暗な空間、ふと視界の端で何かが動いた。
「(今のは……?)」
─────
「なあ、ホントに外に出て平気かな?」
「平気平気。大体人間の言うことなんか聞いてらんねーよ」
ピョンピョン跳びはねるように森の中を駆けるのは河童の子と狼の経立の子。
遊び盛りの子供が素直に言い付けなど守る訳もなく、人目を盗んで夜の里に遊びに出ていた。
「今日はあっちの奥に行ってみようぜ」
「うん、いいよ」
悪戯が成功した事にはしゃぎすぎて彼らは気付かなかったのだ。
行く手に佇む、何かに…─。
「っ!!??いってー!!」
「大丈夫!?」
先頭を駆けていた狼の経立の子がドンッと何かにぶつかり、後ろに思いきり尻餅をつく。
駆け寄る河童の子、その二人を見下ろす何かは嗄れ声で呟いた。
「子供とは…また旨そうな…」
恐る恐る上を向いた子供達の目に映ったのは自分達の何十倍もある巨大な鬼。
舌なめずりをし、こちらを向く目は獲物を捕らえた妖怪のそれ。
「「う、うわぁぁぁあ!!!!!!」」
勢い良く振り下ろされた手に反射的に目を瞑るが直ぐにきたのは体への衝撃ではなく、鬼の醜い呻き声と地を擦る凄まじい音。
「最近の子供は進んでいると聞きますが妖怪もそうなんですね」
耳に届いた声は綺麗な高音。
確かめるようにうっすら開けた視界に映ったのは闇夜でもはっきりと分かる、晴れ渡った空の色。
「に、人間の姉ちゃん…!!??」
「な、何でここに!!??」
驚異する二人の小さな妖怪にくるりと向き直ると美月は腰に手を当て、眉を吊り上げた。
「いけません、お二人共。夜遊びは二十歳になってからです」
「呑気な事言ってる場合じゃねーよ!!」
「そうだよ!早く逃げなきゃ!!」
焦る彼らの心配虚しく、復活した鬼がこちらに怒りの矛先を向けた。
一人残らず喰ろうてやる、と怒り狂う悪声の持ち主を美月はキッと睨みつける。
「すみません。今取り込み中なので後にして頂けませんか?」
「違ェだろッ!!!!」
「早く逃げて姉ちゃん!!!!」
うがぁぁぁあ!!!!と叫ぶ声と共に振り下ろされた太い鬼の腕。
美月の上に落ちたそれに子供達は悲痛にも近い金切り声を上げる。
「ね、姉ちゃぁぁぁぁぁん!!!!」
「う、うわぁぁぁあ!!!!」
恐怖に顔が青ざめる。
にやりと厭らしい笑みを浮かべたのは束の間、勝利を確信した鬼が腕の下の異変に気付き直ぐに聞こえてきたのは潰したと思ったはずの者の声。
「ちゃんばら?戦隊ごっこ?
でしたら私、──負けませんよ?」
何百キロもの圧力がかかっているはずのそれを右手一本で持ち上げる水色の女の子。
目を疑うその光景に息を呑む。
「ヒーロー役は私にやらせてください」
口元に薄く浮かべた笑みはぞくりとするほど綺麗で冷たい。
隙を見せる鬼をいとも簡単に投げ飛ばし、その巨体を岩壁に叩き付けた。
「遊び相手は私が務めます。皆さんが心配しますのでお二人は先に帰っていて下さい」
「でも姉ちゃん…!!!!」
「大丈夫です」
泣きそうな彼らに優しく微笑むと美月は傘を構えた。
「やんちゃ坊主の相手ならお手の物ですから」
─────
夜風に当たり、冷静さを取り戻したイタクは広間に戻るとその場に欠けた色に顔を顰た。
「雨造、アイツどこ行ったんだ」
「ん?アイツ?ああ、美月の事な。台所に食い物取りに行ったっきり帰ってこねーんだよ。多分握り飯でも作ってくれてんじゃねーか?」
雨造の言葉に「…ふーん」と適当に返事をするがイタクはどうも腑に落ちないでいた。
妙な胸騒ぎがする。
そう感じた矢先、慌ただしい二つの足音が広間の戸を勢い良く弾いた。
「大変だ!!!!人間の姉ちゃんが!!!!」
「「「「「「!!!!」」」」」」
─────
額を流れる汗を手の甲で拭いながら、星の輝きしかない空を見上げる。
「……もうすぐ…」
人間の"雨谷美月"が終わる。
いつまでも偽る事など出来やしない。
金平糖が散らばる黒にこのまま吸い込まれてしまえばいいのに、と現実逃避すら考える自分を心の中で嘲笑う。
「(どうしてでしょう……)」
近づく気配はすっかり馴染みとなった彼のもの。
暗闇に慣れた目が写すのは横たわる巨体と、ちっぽけで汚い自分。
ザッと聞こえた足音にそちらを向けば、肩で息をする監視役がいた。
「っっ!お前……!!」
今夜は見えないお空のお月様と同じ色をした綺麗な金色が捕えるのは醜い兎。
驚愕で目を見張る優しい彼にそっと小さく微笑んで…─。
「(どうしてでしょうね……)」
あなたにだけは、知られたくなかった──なんて。
迷い込んだジョーカー
(後悔はしていないはずなのに)
(彼の前では普通の女の子でいたかった)
─ハートのエースにはなれない
end
詰め込みすぎて長いです…(゚ーÅ)