水色マシェリ

□お日様
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「…………何か用か」


雨で稽古が出来ないから部屋で鎌の手入れを、とし始めてからというもの近くでずっと感じていた視線。
ジーッと音がすんじゃないかという程何が面白いんだか見入るソイツに漸く声をかけた。


「…………」

「…オイ」

「…………」

「無視してんでねー」

「…………」

「オイ!」

「へ!?わ、私ですか!?」

「おめー以外に誰がいんだ」


それもそうですね、何てヘラリ笑うソイツは何をしたいのか皆目見当もつかない。


「で、何か用でもあんのか」

「いえ、ありません」


何故か誇らしげな顔してきっぱりとそう断言する女をげんなりと見遣る。
頭ン中空っぽな奴が考えてる事はちっとも理解できねェ。


「ただ、いつも監視されている側なので今日は監視する側に回ってみようと思いました」

「…そうかよ」

「はいッ」


一々構うのは面倒臭ェ。
邪魔をする訳でもなさそうなので取りあえず放っておくかと鎌を研ぐ手を再開させる。


「………」

「………」


シュシュと静寂した空間に響くのは砥石と鎌が擦り合う音のみ。
そして先程から全く変わらないこの鬱陶しい視線。


「………」

 ジーーーーーーッ

「………」

 ジーーーーーーッ

「………」

 ジー「うっせーな!!!!おめーは!!!!」

「へ?私何も喋っていませんよ?」

「視線だ!視線が煩ェんだバカ!!!!」

「な、何ですかそれは!?ビーム的なものですか!?目から破壊光線的な展開ですか!?」

「ンな訳あるか!!!!いいから黙ってろ!!」


無駄な体力を使ったと中断していた鎌を手にとるがどうにも近くにいる存在が気になる。
相手を盗み見るように横に目線を促すと、かち合った水色が不思議そうに首を傾げた。
……気力が削がれる。
ハァと小さく息を吐き、専用の収容具へ鎌を収める。


「終わりですか?」

「どっかのバカのせいでな」

「あり?私けなされてます?」


砥石を仕舞いながら「今更だろ」と悪態をつくがそんなもんは気にもせず、ソイツは縁側からピョンと外へ出た。
コイツ、表から入んねーでこっから来たな…。


「オイ、濡れるぞ」

「平気です。私の傘は優秀ですから」


くるくると楽しそうに回すのはいつも手放さずにいる紫の番傘。
仕事中だろうが家の中だろうが関係なしに手元に置いておくソレを以前、「邪魔じゃねーのか」と聞いたら「ないと落ち着かないんです」と言っていた。
それ以上は特に何も聞かず興味なさげに適当な返事をすると、どこかほっとしたようにアイツが笑った。


「…その傘……」

「え?」

「大事なもんなのか?」


雨の中、見上げる水色は目を細め笑うと小さく頷いた。


「お父さんの形見なんです」


紫の小さな雨凌ぎに移ったその瞳。
思わぬ返答にいたたまれなくなり、罰悪く「…悪ィ」と謝罪を口にする。
しかし当の本人はそのやり取りがまるでなかったかのように、あっけらかんと笑いピチャンと小さな水溜まりに足を入れた。


「イタクさんは雨はお好きですか?」

「あ?好きって程でもねーが特別嫌いって訳でもねーな」


稽古が出来ないのは嫌だが、作物や木々にとっては恵みの雨だ。
好き嫌いと白黒つけるようなもんでもねェ。
そうですか、と呟くとソイツはゆっくりと鉛色の空を見上げた。


「私は好きです」


降り続く雨音に掻き消されそうになる声。
それでも耳は上手い具合にソイツの声だけを拾い上げる。


「お天道様は私には眩しすぎますもの」


淋しげなくせに真っ直ぐな言葉。
変わらず曇天に向かっているようで、どこか遠くを見る横顔は切なげで。
時折見せる愁いを帯びた顔に俺の心中は簡単に掻き乱される。
今にも消えてしまいそうな存在。
白過ぎるその手をひいて、繋ぎ止めておきたいとすら考えてしまいそうになる。
舌打ちをしたい俺の心境など露知らず、泣いている空から俺に向いた水色の目は、さっきの雰囲気を微塵も感じさせぬような顔でにっこりと笑った。


「イタクさんはお暇ですか?」

「誰のせいで手持ち無沙汰になったと思ってんだ」

「ではその責任私が取ります」

「は?」

「一緒にお散歩に行きましょう」


突然何を言うかと思えばこんな雨の中散歩という女。
わざわざ濡れるという選択を自らする気がしれねぇ。


「面倒臭ェ。ンな事より仕事しろ」

「終わりました」


一蹴してもソイツはものともしない。
それどころか「イタクさんは私の監視役なのですからちゃんと見ていてもらわねば困ります」と上から目線。
不審者だと思われてっから監視がついてるって事を分かってんのかこのバカは。


「それに私、遠野に来てから一度も観光してません」

「そうか、それが本音か」

「もし迷子になったら帰れません。由々しき事態は起こる前に防がねばです」


要は遊びてーだけだろうが、と出かかった言葉をなんとか飲み込み仕方ねぇなと諦めの息を吐いた。


「表で待ってろ」

「はいッ!」


嬉しそうに雨の中を跳ねる水色。
この里でその色を持つのはお前しかいない。
なら─…。


「オイ」

「はい?」

「おめーが迷子になったってな、迷子にはなんねーよ」

「………へ?」

「だ、だからだな…!」


伝えてぇと思う言葉が見つからない。
そもそも俺は何を言おうとしてんだ。
きょとんとするソイツの顔を直視できず、顔が熱くなっていくばかりで冷静を上手く保てないでいる。


「おっ、俺が見つけてやるって言ってんだ!!一回で分かれバカ!!!!」


照れを隠すのに理不尽にそう怒鳴った先のアイツが、


「──はいッ!」


ひどく嬉しそうに笑うものだから、息苦しくて仕方ねェ。


淡く色付いたこの感情

(名前が分からないほど子供でも)
(素直に認められるほど大人でもない)



─好きだ、なんて




end

台風が過ぎましたね記念。

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