水色マシェリ
□パウダー
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じっとしているのは性に合わないので、悪あがきをしてみる事にしました。
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「……何してんだ、おめーは」
どこから持ってきたのかドデカい土鍋を火にかけ、黒い法服(ローブというらしい)を身につけたソイツ。
中の液体が紫だとかトカゲらしきものが傍に落ちているとかはこの際無視する。
「以前教わりました黒魔じゅ……栄養剤を作ってます」
「捨てろ」
「ご心配には及びません。胃という名のブラックホールに捨てますので」
勝ち誇った顔で土鍋ごと中の奇妙な液体を口にしようとする馬鹿。
飲むよりも早くそれを取り上げ近くの岩に叩きつけ、何とか自殺行為を阻止する事に成功した。
ジュウと岩が溶けた気がするが気のせいだろう。
「くだらねー事してねェで洗濯干しちまえ」
しゅんとしながら「はい…」と返事をする姿に少なからず罪悪感があるが、遠野にいる以上自分の仕事をこなしてもらわねば困る。
「俺は稽古に行く。それが終わったら真っ直ぐ屋敷に戻れ」
「はい、頑張って下さいね」
ひらひらと手を振るソイツを後にし、木の枝に飛び移りながら稽古場に向かう。
何となく気になり、途中足を止め振り返るが生い茂る木々に邪魔され、その姿を確認する事は出来ない。
「………」
思い立ったら即行動型だと知ったのはほんの数日前。
元気になってからというもの『元の世界に帰るため』に起こすアイツの破天荒な行動には頭が痛くなる。
「タイムマシーンを探してきます」
屋敷中の引き出しをこじ開けたり、
「エロイムエスタイムエロイムエスタイム」
訳分かんねー呪文唱えだしたり、
「錬金術です!」
地面に変な図形書き出したり、
「四魂のかけらを集めてきます」
空井戸に飛び込んだり、
「七つの玉で龍を呼び出すんです!」
蜜柑に星書いて並べてみたり…─。
「……あの馬鹿」
自然と足が向かったのは頭ん中が空っぽなアイツのとこ。
「っ!言ったそばからこれかよ!!」
とぉぉぉぉ!!!!なんて馬鹿みてーな掛け声つけて物干し場から下の岩場に落ちていく水色。
咄嗟に背中の鎌を掴み、周囲の木に向かって投げると、網に仕立てた木の皮がアイツの体を上手く受け止めた。
「あ、あり?…イタクさん?」
きょとんとする水色の瞳には怒りを露にする俺が写る。
「こンの馬鹿!!!!何してんだおめーは!!!!」
「へ?あ、タイムリープを試んでみました。あれは夏の名作です」
「自分の状況分かってんのか!!人間があんなとこから落ちたら怪我で済むか馬鹿!!!!」
「大丈夫です。私、丈夫ですから」
ヘラッと笑うソイツに募る苛立ち。
自分がこんなにも焦っているというのに目の前の女はそれを微塵も分かっていない。
目尻を吊り上げる俺に怯む事なくアイツは「それに、」と言葉を続けた。
「もし何かあってもイタクさんが近くにいて下さいますから。だから、安心です」
そう言って朗らかに笑うソイツ。
怒りとは別の感情がカッと顔に集まり、熱を持つのが嫌でも分かる。
「バ、バッカでねーか!?何かあってからじゃ遅ェだろ!!」
慌てて顔を背け、吐き捨てるように告げると「え、あ、それは…」と言い淀むアイツの声がした。
「……ホント、バッカでねーか」
呟いた声は誰に届く訳でもない。
あんなにも簡単に消えた憤りと引き換えに早鐘を打つ己の心臓と淡い感情。
肩越しに捕えた水色は懸命に言葉を探しているのか今だにわたわたとしている。
「…突拍子もねー事は俺が見てるとこでやれ。他の奴らじゃ手に負えねーだろ」
「あ…─はいっ!」
目線を反らしながら努めて冷静を装うこっちの気も知らず、嬉しそうに笑うものだからまた顔に熱が上昇していく。
「いいかッ!俺はあくまでおめーの監視だからな!!」
「はい」
「妙な真似したら斬られると思えよ!」
「はい」
「──っ!稽古に行くからおめーもついてこい」
「は…え?よろしいんですか?」
「また馬鹿みてーな事されると思うと気が気じゃねェからな。監視ついでだ。邪魔はすんなよ」
「はいっ!」
ふわりふわりと揺れる水色。
後ろをついてくるソイツを視界に収める度に鼓動は高鳴る。
「……くそ…」
目が離せない理由
(アイツの監視は俺の役目だから、と)
(そう自分に言い聞かせた)
─気付くまであと少し
end
ゴリラに育てられると頭空っぽになります。