水色マシェリ
□よーく
1ページ/1ページ
「おはようございます、イタクさん!」
「朝から元気だな……」
美月がやって来て早四日。
初日、二日と戸惑ってはいたようだが、分からないところはイタクや冷麗達から聞いて遠野での仕事(主に炊事掃除洗濯)を日々こなしていた。
昨日も遅くまで朝食の仕込み、朝は朝で早く起きて食事の準備とあっただろうに随分元気だ。
「ご飯は大盛りにしますか?テンコ盛りにしますか?山盛りにしますか?」
「全部一緒だろソレ」
「美月ー、オイラのは山盛りにしてくれぇ」
「了解です」
雨造のご飯をよそる美月をイタクはそっと盗み見た。
コイツ、痩せたか?──確信はない。
なにせたった四日しかない付き合いだ。
分かる方が無理であろう。
「イタクは朝から美月に釘付けかァ?」
「バカかお前」
いつの間にか隣でニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた淡島を一蹴すると、「照れんなよ」とまだ何か聞こえたが無視を決め込む。
「おはようございます、淡島さん」
「おはよう美月。朝から元気だなァ」
「はい!あ、洗濯物がありましたらご飯の後に出して下さいね」
「おう、分かった」
せかせかと働く水色。
女妖怪が少ないからと言えばそれまでだが、妙に胸に引っかかる。
イタクは朝食をそこそこにし、なまはげに渡された洗濯物を持って屋敷を出ていく美月の後を追った。
「…………ふぅ」
口から出る小さな溜息。
いつもなら何とない道に息が乱れる。
腕の中にある洗濯物だって何て事ないはずなのに今は酷く重く、舗装も何もされていないデコボコ道をゆっくりと下るが足元がどこか覚束ない。
「!!??─ッ!ひゃッ!!」
しまった、と思った時にはもう遅く、木の皮に滑った足は美月の体の重心を簡単に後ろに傾けた、が…─。
「気をつけろバァカ」
「イ、イタクさ…?」
傾くと同時に背中に走った衝撃は地面よりもずっと柔らかくて温かいもの。
上から降ってきた憎まれ口とは裏腹に両の腕はしっかりと美月の体を支えてくれている。
「あ、あの、ありがとうござ…」
遮断された世界。
目元にじんわりと広がる熱。
睫毛に触れるは、骨張った男の手。
「白い通り越して青白いんだよ」
熱が遠ざかり、光が戻ったと思えば急に腕の重みが消える。
「具合悪ィなら下手くそな笑顔張り付けてねーで言え」
「あ、あの…!」
「水、汲んできてやるから」
─オメェはそこで待ってろ
言葉は無愛想でも伝わる優しさ。
簡単に山道を下りていく背中を見ながら美月は溜息をついた。
また彼に迷惑をかけてしまった──トンと体を預けた大樹の冷たさが心地好い。
「……下手くそな、笑顔」
気づいていなかった訳じゃない。
でも、そうでもしないと…─。
「思い出して…しまうんです」
湧き出る冷や汗。
歪む視界に限界を悟る。
誰に届くでもない呟きを最後に、意識が闇に堕ちていった。
─────
竹筒に水を汲み、持っていた予備のバンダナを濡らす。
朝感じた違和感は張り付けたような笑顔。
あれでは相当我慢したのだろう。
顔に血の気がまるでない。
「…あのバカ」
頼りもしなければ、それを求めようともしない随分と可愛げのない女。
監視役としてだが一番近くにいたのだから、せめて自分にくらいは…─。
「って、何考えてんだ…」
有らぬ方向に向かう思考を強制的に終了させ踵を返した時、
「イタク」
呼び止めたのは聞き慣れた雪女の声。
「どうした?」
「美月は一緒じゃないのね…」
「ああ。アイツに用か?」
「ええ、まあ…。でも今は丁度良いわ」
歯切れの悪い冷麗の返答に疑問を覚えながらも、スッと差し出された黒い手帳にイタクは眉間に皺を寄せた。
「美月のよ。…開けてみて」
悪いと思いながらも、少しでも彼女を知りたいという思いと好奇心に駆られ、冷麗に言われるまま金の桜の代紋がついたソレを開く。
「写真か…?」
挟められた一枚の画。
大柄の顎髭を蓄えた男を中央に同じような黒い服を着た五人がそこに写っている。
「こんな顔するんだって驚いたわ」
印画紙の中で笑う見慣れ始めた水色。
「ここにいる時は無理矢理笑っている感じだもの」
感情も理念も、何もかも押し殺した笑顔の今とは違う。
「こんな事言うのも酷かもしれないけど、私達の前でもこんな風に笑ってほしいわ」
心の底からの、彼女の笑顔。
淋しげな冷麗の横でイタクは固く拳を握りしめた。
…悔しい──自分でもどうしてそう思うか分からない。
彼女をここでは笑顔にさせてやれないのかと考えると、ただ…─。…
「イタクッッ!!!!」
不意に静かな空気を壊した淡島の叫び声。
いつものような陽気なものではなく、焦りを含んだそれにイタクと冷麗の顔に緊張が走る。
「大変だ!!!!美月が…ッ!!」
笑顔の理由を教えてくれ
(お前の笑った顔が見れるのなら)
(何だってしてやりたい、なんて)
─初めて、誰かにそう思った
end
THE★中途半端
イタクさんキャラ違うよ-(TωT)