水色マシェリ
□真っ白
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「美月っっ!!!!」
目前に広がる闇に体は言うことを利かなくて、「トシさん」とそう呼びたいのに声が出なくて、伸ばされた手を掴むことが出来なくて…─。
どうして、こんな事になったんでしたっけ?
「美月っっ!!!!」
人手が足りないんだ、と幕府おかかえの陰陽師の大家『結野衆』から依頼があって復旧作業に駆り出されたのは今日の朝。
仕事中にも関わらず総ちゃんとトシさんの追いかけっこが始まって、私がお弁当を広げようとして山崎さんに怒られて、近藤さんがそれを見ながら豪快に笑って、いつもとなんら変わりない光景。
そう、いつもと一緒。
一緒、だったのに…─。
「手をっっ!!!!」
突然目の前に現れた真っ暗闇。
訳の分からないまま引きずり込まれた世界はやっぱり暗くて。
もう誰にも会えないような、もうあの大好きな場所に帰れないような、もう誰からも「美月」って呼んでもらえないような、そんな気がした。
「美月ィィィィィ!!!!」
お願い。
お願いだから。
一人に、しないで。
─────
「────っ!」
………夢、だった?
長い間寝ていた感覚にぼんやりとする思考。
目の前に広がるのは見覚えのない天井。
ここは、どこ?私は気を失っただけ…?皆さんはどちらに?
「気がついたか」
「え……?」
体を起こして、聞き慣れないテノールに反射的にそちらを向くと、自分とそんなに歳も変わらないであろうバンダナを巻いた男の子。
結野衆の、陰陽師の、……?
見知らぬ、不思議な格好をした人に戸惑いを覚え僅かに身を引いた。
「えーと……」
「何であんなとこに倒れてた?」
「…あんなとこ、?」
倒れていたのは結野さん家のお庭ですよね?こんなに静かなのは皆さんはまだお仕事だからですよね?
聞きたい事はいっぱいあるのに聞くのが凄く怖い。
いやですよーそんな怖い顔しないでください、と軽口すら叩けない自分の顔が段々と強張っていくのを感じた。
送られる鋭い視線には気付かないふりをして、拭えない違和感はそのままに、大丈夫、大丈夫と何度も心の中で自分自身に言い聞かせる。
「お前、人間だろ」
どうしてそんな事聞くんですか?大体その質問おかしいですよ。まるであなたが人間じゃないみたい。あ、もしかして天人ですか?実は私も半分程そうなんです。
ぐるぐるぐるぐる。
声にならない台詞が頭の中だけで廻っている。
口の中がカラカラに渇いた感覚がして、伝えたい事も確認したい事もあるはずなのに、全ては喉奥で消えてしまった。
「……あなた、は…違うんですか…?」
振り絞るように漸く出た声は掠れていて、ひどく情けない。
「ここは遠野一家」
止めて、止めて。
聞いたのは自分なのに、それ以上聞いてはいけないと頭の中で警告音が鳴る。
だが、無情にも体は思うように動いてくれなくて彼の言葉を無防備に聞き入れた。
「俺達、妖怪の住む里だ」
「………よ、うかい……?」
誰か、否定してください。
「違う」って言ってください。
こっちだよって導いてください。
私に帰る場所を、教えてください。
何を仰るんですか冗談ですよね、その言葉は一向に声になることはなく、変わらず鋭い眼光で睨みつける青年に嫌な汗が背中を伝う。
得体の知れない恐怖感に襲われる中、ハッと我に返ると勢い良く布団から飛び出した。
「私、帰らないと、!」
「帰る…?」
ピクリと怪しむように動いた眉を見ないように、枕元に置いてあった紫の番傘をギュッと握りしめる。
今はこれだけが私と真選組との繋がりを裏付ける唯一の物。
自分を自分だと確認出来る確かな物。
「帰るって、どこにだ?」
「真選組です。仲間が待っていますので」
大丈夫。大丈夫ですよ。
ここを開けたら見慣れた江戸の街です。
皆さんがいる真選組に帰れますよ。
大丈夫、大丈夫だと、まるで呪文のように何度も何度も言い聞かせた。
「お世話になりました。また後日お礼に伺いますね」
早くここから逃げたくて、でもこの襖を開けてしまえば全てが変わってしまいそうで、それでも、震える指先に構わず、ゆっくり開けたその向こうは…─。
「どこに、帰るって?」
後ろに回ったバンダナの彼を、感じる殺気を、喉元に突き付けられた鎌を、気にしてなんかいられない。
目の前に広がるのは、もう拝む事の出来ないと思っていた眩しいほどの真っ青な空。
天人の船も、雲さえも泳いでいない、何もない綺麗な綺麗なスカイブルー。
「……─っ」
近藤さんもトシさんも総ちゃんも山崎さんも。
銀時さんも神楽さんも新八さんも妙ちゃんも。
誰でもいいの。
誰だって構わない。
高杉さんだって神威さんだっていい。
味方でも、敵でも、構わないから。
「…─だれ、か……………」
お願いです。
誰か、助けて。
誰もいるはずのない綺麗な空の下。
助けを求めている様はなんて滑稽なんでしょう。
ああ、本当に。
こんなにも無残に、世界から切り離された私は一体何?
「───っ!」
音もなく流れた涙一筋。
鎌を持った彼の手が僅かに動揺した事にも気付かなくて、青すぎる空をただただ見つめ続けた。
はじめましてサヨウナラ
(「助けて」と泣き叫んだならば)
(誰か私に気付いてくれましたか?)
─そんなのとっくの昔に忘れてしまった
end
訳が分からないのは私も一緒です(←爆