漆黒の闇

□二
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過去の事なんて忘れた。

そんなもの、
覚えていても仕方がない。

否、
俺にそんなものはないのだ。

何もない。



姿も、

形も、

全て………。



気付いたら燃えていた。

茜色の空に負けないくらいの赤。

空に向かって燃え上がる龍。

全てに食らいつき灰と化す。



俺はそこに立ち尽くしていた。



体が動かない。

あの中には皆がいる。

助けなければとあせる思いに駆り立てられるが、
動くなという囁きが聞こえるのだ。

それは、澄んだ、とても綺麗な声。

耳の奥にまで響き渡り、いつまでも聞いていたいと思ってしまうほど、美しい声。

その声に惑わされ、俺自身、何をしたいのか、何をしたらいいのか、分からなくさせる。

脳を鈍らせ、全身を固まらせ………。



辺りには野次馬たちが集まり、口々になにかを言っているが、聞き取れない。

否、聞きたくないのかもしれない。



「可哀想………。」

「あの子以外はみんなあの中なんでしょ………。」

「これからどうするのかしら………。」



野次馬達は口々に呟き、俺を哀れむような目で見つめる。



やめろ………。



そんな目で見るな………。



俺は可哀想なんかじゃない。





黙れ………、



黙れ………。





消防車と、救急車がやって来る。

騒がしかった場所が、一段と騒がしくなる。

救急車なんて意味がない。
怪我人なんていないのだから。

いるのは…冷たくなった亡骸のみだ。

俺はその場に崩れ落ちる。

渇いた笑いだけが、辺りに響いた。



まるで、
壊れた人形のように。



未だに澄んだ声は、美しい旋律を奏でている。



遠くから声が聞こえる。
昔から聞いている、聞き慣れた、安心できる声。

俺を落ち着かせてくれる奴が、近付いてくる。
足音がだんだんはっきりと聞こえ、そいつが何と言っているのかも聞き取れた。

「炯!!炯!!」

と、俺を呼ぶ。



俺はここにいる。





俺だけが………ここにいるんだ。
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