神喰

□神さま不在の庭
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顔を洗って、気合の一発。強く叩いた頬がじんわり痛い。天気は快晴、雲のない晴れた空が窓から見える。出発の日には、幸先のいいことだ。
鏡を見ながら髪を整え、ブラッドの服に袖を通す。他の服の素材とは少し異なる着心地に違和感を覚えるがいずれは慣れるのだろう。これからはこれが私の制服なんだから。

ほんのひと月前はバーテンダーとして働いていた。その日常があっという間にひっくり返る。慣れた生活を手放すのは惜しいが、神機使いへの道が拓けた今、進まないという選択肢はない。

「…よし」

鏡で服を改めて確認する。少し、裾が短いような気もしたが動きやすい事は確かだ。
服を畳んで仕舞う。ベッドを整え、部屋を軽く掃除をして支度は終了。宛がわれた部屋をぐるりと見渡すと昨晩は気付けなかった品のいい調度品に実はここ結構いい部屋なんじゃないかと思う。だが寝心地は良かったが、住み慣れた自宅が一番だなぁと離れるとしみじみと思う。

カチッと時計が時刻を示す。
時間だ。

これから適性試験がある。それをクリアすれば、晴れて私も神機使いの一員。緊張と不安は昨晩熟睡した事でいくらか緩和されたが、時間が刻一刻と迫ってくると緊張が増すばかりだ。あとはぶつかって砕けるしかない。大きく深呼吸をして、ドアの前で振り返る。

「行ってきます」

誰もいない部屋。誰も行ってらっしゃいとは言ってくれない。それでも、背を押されるような気持ちで一歩を踏み出した。



****



痛すぎる。

聞いてない。あんなに痛いなんて。
目の裏が焼けつくような激痛を乗り越え、試験はクリア。おめでとう、と言葉を掛けられるも返事すらままなかった。

思い出すだけであの痛みが過る。あんな痛みを兄も体験したのだろうか。聞く限りでは、激痛とは言わなかったが。それとも第三世代、ブラッドは今までのやり方と何かしら違うのか。
思わず腕をさすると腕輪に触れる。黒く固いそれは神機使いである証の腕輪。二度とは外れない楔。重みこそ感じないものの、まだそこにある、という事に慣れない。ある、という事を忘れてぶつけてしまう。早めに慣れないと何か物を壊してしまいそうだ。

そんな事を思いながら試験の後遺症か、僅かに残る頭痛に眉をしかめる。今夜も早めに休んだ方が良いかもしれない。
せめてフライア内の探索くらいは、とエレベーターで各階へと行っては迷わない範囲で内部構造を把握する。大きいとは思っていたが、中は中でやはり広い。うっかりすれば迷ってもおかしくはない。地図があっただろうか、と思いつつ最後に職員に勧められた庭園へと足を運んだ。

「わぁ…」

エレベーターのドアが開いた瞬間から空気が変わる。青い空、色鮮やかな花と緑。清浄な水と空気。思わず圧倒される光景にため息が零れる。
移動要塞の中にこんな場所があるとは想像だにしていなかった分、感動もひとしおだ。

木の根元で寛ぐ誰かがいる。

「ああ…、適合試験、お疲れ様」

> 美形が 話しかけてきた !

座ることを促され、思わずそれに従ってしまう。
金の髪と瞳、整った顔立ち。加えて庭園の花が彼を際立たせる。王子様かなにかですか、貴方。白馬はどこだ、白馬。

「ここは【フライア】の中でも一番落ち着く場所なんだ。暇があるとずっとここでぼーっとしてる…」

美形と会話をしていくうちに彼が私の上司と知る。年は恐らく同じくらい。偉ぶったところはなく今のところは好印象、と言いたいところだが彼は自己紹介をした後に颯爽と去って行った。立ち去る姿も凛としているとか、うん、立ち振る舞いからして違いを見せつけられた気がする。怖い印象は無かったが、規律には厳しそうだ。好印象は好印象だが親しく話しかけて叱らないだろうか。

庭園に一人残され、ごろんと横になる。

「…頑張ろう」

呟いて目を閉じる。風が吹き抜け、木の葉を揺らす。その後うっかりそのまま寝入ってしまい、局員に起こされた時には頭痛はすっかり消えていた。






2014/06/26

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