無双BOOK
□軍師と将軍の隠れ家
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「徐庶殿、これを。」
「あ、ありがとうございます。」
荀攸はいつものように書簡を渡すがいつまで経っても徐庶はぎこちなかった。名家荀一族の出身の軍師である荀攸と単家出身で小役人と言われる徐庶のやり取りに最初は周りも驚いていたが時が経つに連れ馴れていったというのに。
「早く中の内容を確かめて下さい。」
いつもは急かさない荀攸に慌てて徐庶は書簡を開き、文字を目で追っていく。すると徐々に驚きの表情が浮かび上がる。
「これは…」
「つきましては今夜一献いかがですか?」
荀攸の申し出に徐庶はぎこちなく頷いた。
夜、徐庶と店で落ち合うと飲食をほどほどにし、周りの喧騒に紛れて二人は外に出た。二人は目的地まで言葉少なかったが少しだけ話した。
徐庶の自慢の亡母のこと、荀攸の自慢の年下の叔父のこと、お互いの友人のこと、目的地で待っている人のこと…。
「本当に俺には過ぎた人だよ。」
徐庶が小さく自嘲した。荀攸はそれに応えず、目的地を指差した。
「見えてきました、あそこです。」
そこはいつも青年と荀攸が使っている隠れ家だった。灯りが点いていた。
「あそこに…。」
徐庶の顔が次第に明るくなる。隠れ家の前に着くと荀攸は扉を開けた。
「え、徐庶殿?」
開けられた扉に青年は驚いていた。青年の反応に徐庶も驚く。
「どういうことですか?」
青年と徐庶は荀攸を見る。荀攸は表情を変えずに
「焦れったいのですよあなた達、早くこうすればよかった。」
「て、手紙の中身をみたのかい?」
「いえ、ですが内容はだいたい察せます。」
赤面する二人をおいて荀攸はさらに続ける。
「徐庶殿に弱味を握られ国境を越える手伝いをさせられた。そして俺はこの家に縛られたまま放置される。」
「ま、まさかこの手紙は…」
荀攸は頷く。
「俺が書きました、彼の筆跡を真似るのに苦労しました。早くしないと…彼はあなたにも俺にも会えなくなるから。」
そう、もう青年とは会えなくなるのだ。緑の服に龍の刺繍を纏う青年は間違いなく…主である曹操の敵劉備の配下だとわかる。
「お別れですお二人とも。」
「なぜ私達の為に?」
青年の質問に荀攸は無表情、だが目を少し潤ませた。
「…あなたが俺の大切な友人であると共に恩人だからです。」
「私があなたの…恩人?」
友人の方に疑問符が付かなかったことに安堵と喜びを感じながら荀攸は答える。
「あなたが教えてくれた薬膳粥なら…俺の大切な人も食べてくれました。」
荀攸のその言葉に徐庶はハッと気付く。
「まさか大切な人って…」
徐庶の言葉を遮るように荀攸は首を振る。
「さぁ、行って下さいお二人とも。」
荀攸の言葉に青年と徐庶は頷き、手を取り合った。青年は荀攸に泣きそうな笑顔を向けた。
「名は知らずとも敵で在ろうと私はあなたを大切な友人だと思っています。今までありがとう。」
「俺もあなたを大切な友人だと思っています。楽しい時間をありがとう。」
青年と徐庶が見えなくなるまで見送った後、静かに涙を流した。