『はぁ』 私は机に向かって、ため息をついた。 シャーペンを持つ手が、ひどく痛むので見ると、中指が真っ赤になっていて、ペンだこが出来ていた。 国語の鬼が大量に宿題を出したのだ。いつまでたってもなかなか終わらない。 しかも、漢字をひたすら書くだけ、という単純な作業を永遠に続ける、という面白くも 何ともない、拷問のような宿題だ。 中学二年生になった私は、小学生のときとは違って、毎日が勉強に終われる日々だ。 『はぁ』 私は机に無造作に積み上げられたドリルを見上げて、もう一度ため息をついた。 ここ一週間ほど熱を出して勉強できず、こんなにも宿題が溜まってしまったのだ。 私の心はどんどんしぼんでいく。 もう一度、ため息をつく。 幸せがふぅ、と逃げていく。 『あれ?…ない』 学校の図書室で借りた参考書がなくなっている。…どこに置いたっけ? 私は本棚を探した。 手前には教科書やらノートやらが大量に詰め込んである。 そこにはなかったので、私はそれを退けて床に置き、奥のほうを探した。 が、借りた本はなかなか見つからない。 しかし、他の、昔なくしたと思っていた本は次々と見つかった。 幼いころ読んだ絵本に小説、伝記に図鑑…。 そして、あの本も。 『ナルニア』 思わず、呟いてしまった。 吸い寄せられるように全七巻のうちの一冊を手に取り、表紙を眺める。 大きく「ナルニア国物語」と書かれていて、その下に「ライオンと魔女」と紫色の文字で書かれている。 深々と降り積もる暗い森の絵。何だか、不気味に思える。 そして、その中を黒いこうもり傘を差して歩く、二人の後ろ姿。 一人はヤギ足のフォーンで、もう一人は小さな女の子だ。 『ナルニア、かぁ』 一度見ると、もうその表紙から目が離せなくなった。 この四年間、私はわざとこの本から遠ざかっていた。 タンスの中に入り込んだ、あの懐かしい思い出がよみがえってくる。 |