現代パロディ

□十日夜月
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翌日───というより仮眠の後。

登庁し、刑事本部長に昨晩の一連の報告をした。本来の任務への支障と山川の負傷はやはり渋い顔をされたが、出くわした事件を未遂に出来た事は評価を得た。
それから昨晩被疑者を引き渡した警察署に赴き、残りの手続きを済ませた。事情を知る警官が気を回し山川の負傷具合を聞いてきたが、命に別状は無いとだけ答えておいた。…ひどく残念そうに。




その足で山川の病室を覗いた。
昨夜の時と違い人の出入りの多さは昼夜の違いだけでなく、今日が土曜と多くの人々が休日と呼ぶ日であった事を思い出す。
見舞いに訪れる者達の顔は、笑顔で励ます者、疲労を隠せぬ者…様々であったが、自分の様な怒りを現す者はどこにも見られなかった。
だが、怒りを隠すことが出来なかった。
人が昨晩から働き回っているというのに、その原因となった当の本人は昨晩からベットで眠りっぱなしだ。
痛みを堪える所が気持ち良く鼾をかくその豪快な寝方を見ては当然だろう。
殴りたい衝動を治めたのは、室内に居た先客の存在だ。

「…来ていたのか。」

大部屋が空いていなかったのと、本日手術のため立派な個室まで宛がわれた静かな空間には、小さな呟きでも耳に届いた様で部屋に居た人物は振り返り会釈をしてきた。
そこには昨晩の被害者。昨日の今日で物好きだとも思う。

「昨日はどうもありがとうございました。」

「何度礼を言うつもりだ。」

もう飽きる程に聞いた。
こっちは仕事なのだし、一度聞けただけでも充分だというのに。

「いつから居るんだ?」

「お昼過ぎに…。
ちょうど手術が終わって部屋に戻ってきた所でしたので、目が覚めたらお礼を、と待たせて頂いています。」

チラリと腕時計を見れば間もなく三時。優に一時間以上は滞在している事が分かる。

「で、そこの阿呆は一向に目覚めず、か。」

ツカツカと山川に近づき尚も鼾をかき続ける男の頭を全力で叩く。

「っ!! …いでェ!!」

「!
さ、斎藤さん、頭も怪我されてるんですよ!?」

知ったことか。コイツのコトだ、昨日の傷ならもう塞がってるだろ。

「何だ!?どこだ!?」

状況が一切飲み込めない山川は、分かりやすく狼狽えている。

「良いご身分だな?ヘマやらかしておいてその尻拭いを全部俺にさせ、ベットで半日以上寝続けた感想はどうだ?」

「…あ。
あー…、面目無い。」

端的に状況説明すると、記憶が一致したのか数秒を要し事態を理解し神妙な顔で謝りだす。
そのやりとりをハラハラした顔で口も挟まず見守る被害者を顎で示す。

「お前が被疑者を確保し損ね怪我までしたせいで、そこの被害者が昨晩から随分気にしている。
救急搬送に付き添ったうえに、昨日今日と病院通いだ。礼でも言っておけ。」

「いえ!私がお礼を言いたくてしたことばかりですから。」

そうしてようやく山川とまともに話が出来る状況になる。

「危ない所を、身を呈して助けてくださって本当にありがとうございました。」

深々と頭を下げる被害者に山川はどう対処して良いか分からずあからさまに動揺している。普段犯人ばっかり追いかけている自分達は被害者との面識なんて無いものばかり。
故に犯人をあげても直接礼を言われる事なんて無いのだ。

「あう…、いや…。
あの、ご無事で何よりっす。」

もちろん教養も無い俺達はまともな敬語なんかも使えない。
こうなる事は大いに予想出来た。

「手術するほどの大怪我になってしまって、何とお詫びすれば良いか…、本当にすみませんでした。」

「いやいやっ!!決してあなたのせいでは無いですし、こんなかすり傷すぐに治りますです!」

「かすり傷だなんて!昨日の先生のお話では全治三ヶ月だそうですよ!レントゲン写真も見ました、ポッキリでしたよ。」

「いやー、医者ってのは大げさなんすよ。三週間もあれば大丈夫です。」

「ほお、では班長にもその様に伝えておこう。」

「ダメですってば、後から何か出てきたらどうするんですか!?」

医者も被害者の言葉も最もだが、例外は受傷者が山川という点。見た目通りタフな男なのだ。三週間は分からないが、医者の見立てよりは早く回復するだろう。
この男の唯一の取り柄の様なものなのだから。

「いや、本当自分の事はご心配なく。それより貴女は…?情けない事に記憶が飛んでるんですがおケガは無いっすか?」

「はい、私は傷ひとつありません。」

「いやー良かった、それなら最低限任務は果たせました。」

心底嬉しそうに達成感に溢れた山川を睨み付ければ、気付いた奴は慌てて訂正を入れる。

「い、いや!もちろん、その後のフォローを確実にしてくれた相棒あっての今だけども。」

昨夜の面倒がそんな簡単な一言で済むものか、と睨みを納めずにいたが、

「はい。斎藤さんにも本当にお世話になりました!」

屈託の無い言葉と笑顔で続いてくる被害者の視線を受ければ、苛立っている自分が阿呆らしくなってくるのだった。
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