原作沿い長編
□夢見鳥の見る夢は
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新橋駅 早朝。
京都へ向け名無しさんと待ち合わせをしたがそこにまだ名無しさんの姿は無かった。
待ち合わせの時刻にはまだ間がある。
それでも珍しい、と感じたのは日頃から自分より早く動いている名無しさんに見慣れていたからだろう。
珍しいだけならともかく、何かあったのではないかとすら勘ぐってしまう。
「…っ、藤田警部補!
遅くなりまして申し訳ありません!」
待ち合わせの時間ちょうど位に名無しさんが走って駆け寄るのが見えた。時間には遅れていないのだから焦る事も謝る事も無いのに、と思う。
しかしここまで慌てる名無しさんを見るのもなかなか希少だ。
「珍しいな?」
目の前で荒い息を吐く姿にすらどこか色香を感じたが、抱いた邪念を無理やり頭から追い出した。
「…っはぁっ、はぁ…っ、
…も、申し訳ありません…
気になることがありまして警視庁に立ち寄って参りました。」
荒い呼吸を整える時間も惜しいのか、名無しさんは言葉を紡ぎ出す。
「電信が一通、昨晩遅くに入っていました。
…三島さんからです。」
最後の言葉に斎藤も顔つきが変わる。
三島栄一郎が現在担当している任務…、それは三島自らの申し出だった。
静岡のある村を二年前に志々雄が占拠し、以来半年おきに姿を現すという調べを提示し、間もなく次の半年が経つ。
近い内に現れるかもしれないから張り込みたい、と。
神出鬼没な志々雄が法則性のある動きをするのは珍しい。この時期のこの村に何かあるのかもしれないと思わせる報告ではあった。
それが三日前の話。大久保卿暗殺の日の事だ。偶然と言えばそれまでだが、可能性の一つへの手として斎藤は三島の静岡入りを許可したのだった。
名無しさんから受け取った電信に目をやる。
『志々雄真実、新月村ニ現レリ』
短い一文を読み終わると、目の前の名無しさんに告げる。
「予定変更、新月村へ向かう。」
「はい!」
踵を返した背後で乗るはずだった蒸気機関車が発車を告げる汽笛をあげた。
東京から清水港を繋ぐ船にうまいこと時間をかけずに乗る事ができた。
港から新月村までは3時間かからず着けるだろう。幸か不幸か朝早く動いていた事が首尾よく運んだ。
不安定な船の動きに揺られながら、チラリと隣に座する名無しさんを見る。
顔を強ばらせ、膝の上で握られた拳が揺れているのは船のせいではない。
「…どうした?」
朝から一言も発さない、思い詰めるような顔は名無しさんには似合わない。
「藤田警部補…。
京都に経つ日が決まってから、全国の警察署へ電信を飛ばしておいたのです。以降の藤田警部補宛の電信は京都に送ってもらうように。」
相変わらず抜け目のない配慮だと思う。しかし組織戦では情報の速さは勝敗を左右する。
「三島さんが電信を飛ばした警察署へも、確かに電信を送っています。
その電信を確認する程の余裕が三島さんには無かった、という状況なのでしょうか。
だとしたら、電信が送られたのは昨晩…時間が経ちすぎています。」
三島の身を案ずる故の辛そうな顔。原因は分かったが現状ではどうしてやることも出来ない。
安易な慰めは問題解決にならんし、実際三島の安否が厳しいのは自分も感じている所だ。
「三島さんが発つ日…。地図で確認していたのです。
新月村に目的の人物が確認出来なかったら、その足で神戸に向かうように藤田警部補から任を受けた、と。」
「ああ、確かに言った。
対志々雄真実の実戦力として神戸に集めている精鋭50人にあいつも入れていたからな。」
「関西への道に詳しくない、と仰られたので東海道の裏街道(近道)をお教えしたのです。
その際、工部省測量司の方から頂いた地図が手元にありましたので差し上げて説明したのですが、三島さんはその地図を見て酷く取り乱しておりました。」
オイ、測量司とのくだりはどういう事だ?
喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「三島さんのご出身は静岡とは聞いていましたが、まさか…」
「新月村の出だ。」
名無しさんの憶測通りの事実を伝えれば、さらに顔を歪ませた。
自分の村の名前が消えた地図。
そこから読み取れる現実に三島が暴走するのは想像に難くない。
「…三島さんの慎重さを乱したのは私のせいです。」
阿呆。
何から何まで背負い過ぎだ。
路順の説明に地図を使うなど当たり前だろうが。
全てに胸を痛めていたら、お前の身がもたんぞ。
斎藤は俯く名無しさんの頭をさらい、自身の肩に寄せる。
「奴も日本を飛び回る身。遅かれ早かれいずれ生まれの村の事に自ずと気付いていただろう。
三島の新月村行きを指示したのは俺だ。
村の現実を知るきっかけを名無しさんが与えたにしても最終的に認めた俺に責任がある。」
優しい言葉は知らん。
確証の無い事は言えん。
だが言えるのは、
「生きてさえいれば、俺がどうにでも連れ戻す。」
だから三島、感情に流されるなよ。
お前を思う名無しさんのためにもだ。