原作沿い長編
□夢見鳥は艶に舞う
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平屋の造りの庁内を案内がてら進み、最終的に自身に宛がわれている一室にたどり着く。
「ここが俺に与えられている部屋だ。
と行ってもほぼ出ている事が多いからこれからはお前が主に使う部屋になる。」
連れて歩いている最中も、名無しさんはとにかく一目を引いた。
事務室に置くのはやはり気が引け、結局連れてきたのは自らの仕事部屋。
数人訪ねては来るだろうが中に居座るのは川路くらいだし、自らに回ってくる書類の整理でもしてもらえばこちらも助かる。
書類分けと、伝令が主な仕事になると伝えれば名無しさんはそれなら自分にも出来そうだと安堵していた。
「早速だが、明日から働けるか?」
「書類も既に貯まっているようですし慣れる為にも今日から働かせてください。」
と言っても既に昼下がり。
あと数時間程なら、今日は名無しさんに仕事を教える事に費やすか。
山になっている書類をひとつひとつ名無しさんと覗き混みながら説明し処理していく。
普段は目が疲れるだけの単調作業に疲弊するのだが、伸ばせば触れる距離にいる名無しさんと視線を交わし言葉を交わしている現状が、名無しさんと再会できた事を実感させる。
仕事の業務内容の会話すら、名無しさんと共有できる時間が堪らなく尊く思えた。
「陽も暮れたな。説明は一通り終わった、今日はもう帰れ。」
「はい。ご丁寧に教えていただきありがとうございました。」
「明日以降、俺は外している事が多い。分からない事は戻った時に対応するから無理はするな。」
「お忙しいんですね?」
「通常業務に加え西南戦争の事後処理もあるから今は特にな。」
「藤田警部補も参加されたとか。」
「まあな。」
「よくご無事で。」
「これでも数々の修羅場を経験している。不死身と呼ばれた事もあったな。」
「不死身…。
まるで新選組三番隊組長、斎藤一様のようですね。」
「!?」
「本日はありがとうございました。
それでは、また明日参ります。」
にこりと笑って名無しさんは部屋を去っていった。
偶然、か…?
“斎藤”と、またお前に呼ばれるとは。
右の衣嚢から髪紐の切れ端を出す。
我ながら随分ボロボロにしてしまったものだ。
大事な形見をこんな姿にしちまって、流石のお前も怒るかもな。
ふと思い出した様に懐から取り出し口に咥える煙草。
煙草の消費は多い方だと自負している。
それが今日は随分と少なかった。
名無しさんが側に居たから、とも違う。我慢したつもりも無く煙草の存在すら忘れていたのだから。
紫煙を吐き出し、空を見ればついに雪が降りだした。
心を満たす存在、か。
────
雪が道を隠す前に家に帰りついた。体はすっかり冷えてしまったけど。
土間に上がるその足で二つの位牌に水を添える。
「ただいま、父様母様。」
手を合わせ、今日の出来事を報告する。
警視庁の広さ。
与えられる仕事。
そして、寡黙な上司。
「父様、斎藤様は私の事思い出してくれるかしら?」
クスクスと楽しそうにいたずらを思い付く子供の様に名無しさんは笑った。