⊂ESSEY&NOVEL⊃

□おばあちゃんの紙袋
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GO DOWN

 あれは町田に住んでいた時の出来事だった。

 その頃は職場が明治神宮前だったので、通勤には小田急線と営団地下鉄千代田線(現東京メトロ)を利用していた。

 ある日仕事が早く終わり、原宿で少し遊んだ後神宮前から電車に乗り込んだ。

 時間的にちょうどラッシュアワーと重なり、代々木上原で乗り換えた小田急線の下り列車は案の定満員だった。

 当然座ることなど出来ず、車内奥まで押し込まれた僕は、シルバーシートの端っこで辛うじて吊り革を掴まえた。
 
 息苦しさと、圧迫感を受けるたびに身体を捩り、ゆらゆらと電車の揺れに身を委ねる。

 そんな窮屈な世界を嘲笑うかのように飛ばす急行列車の車内では、吊り革の「ぎゅう...ぎゅう...」と軋む音が次第に、大きく同じタイミングで鳴り始めるのだった。


 
 それでもやっと電車が成城学園前に到着すると、身体の圧迫感も少なくなり、新百合ケ丘では乗客の数は落ち着き、車内の空気も比較的濃くなった感じがした。

 とは言え相変わらず空席はなかったが、自分の周りも見通しが良くなったので、吊り革4つ程ドア方面へ移動し、再び吊り革につかまった。

 そして車窓に浮かぶ町の灯りをぼんやりと眺めていると、何気なく窓の下方に目を奪われ視線を移してみた。

 小さなおばあちゃん、シルバーシートの背もたれを空け、背筋をピンと伸ばし、シートに浅く腰掛けている、とても姿勢の良い小柄なおばあちゃんが座っていた。

 ところどころ鼠色の髪の毛が混じった白髪を、頭の後ろで綺麗に結い、まるで一本の足に見えるほどきちんと閉じられた足の上で、シワだらけの小さな手を重ねている、細面の上品なおばあちゃんだった。

 着物も深緑とシルバーの織り柄で、地味ハデと言うか何と言うか、とにかくそのおばあちゃんには良く似合っていた。


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