⊂ESSEY&NOVEL⊃

□空港の憂鬱
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 僕は飛行機が嫌いだ。

 いや空港が嫌いだ。

 いやもっと厳密に言うと空港の手荷物チェックの所にあるゲートが嫌いなんだ。


 バッグやスーツケースの中身が透けて見える、あのX線モニターがある場所さ。

 そう、あそこのモニターは面白くてじ〜っと見入ってしまうよね。あっ!ドライヤーがあんなにはっきり...とかね。いやそんなことはどうでも良くてさ、問題はモニターの隣に立っている、あの近未来ぶったゲートなんだ。


 今まで何度もあのゲートをくぐり抜けて来たけど、僕があのゲートをくぐり抜ける時、必ずと言っていいほど”♪キンコ〜ン”だもの...もういい加減うんざりさ。

 あの忌まわしいメロディは、無意識を装った視線を集めて、心の際を刺激するんだ。

 うわっ!またかよぉって...本当にとんでもない確率で”♪キンコ〜ン”さ。

 鳴らなかったことなんて数える程度なんだ。しかもそのあと「すみませんこちらへ」か何か言われてさ。端っこでボディチェックでしょあの♪キュィ〜ンキュィ〜ン言う、レンズの取れたバカでかい虫メガネみたいやつでさ。


 そもそも飛行機に乗ると言うことは...もしかしたら...もしかしたら”落っこちるかも知れない”と言う、その縁起でもない恐怖と不安に苛まれながらも、勇気を振り絞って覚悟を決めること...でしょ?


 「楽しい旅の入り口」...それは僕にとって「憂鬱な検問所」


 あのゲート....実はハイテク金属探知器なんて嘘っぱちで、見せかけのダミーなんだ。あれはあそこに座ってモニターを覗き込んでいるセキュリティが、どこかに設置されてある手動ボタンを、まったくの主観で押しているんだ。そうとしか思えない...たぶん....きっと...。

 ”このタイプは怪しいかも...”とか”そろそろこの辺で押そうかな...とか”人相が悪そう〜”とかね。


 人は見かけで判断できないって、ここ数年の犯罪者を見ていれば分かるのにさ。

 そんな話を友人達としていたら、Mっぺが「それは体内にチップが埋め込まれていて、それが金属探知器に反応してるのよ」って...さら〜っと。「あ〜っ!そっかぁやっぱそうだったのかぁ...なるほど宇宙人の仕業かぁ...」って思うわけないじゃん...面白い話だけどさ...。


 春の陽気に身体も慣れ始めた頃、とうとう第一の事件が起こった。


 去年の3月、北海道に行く私用が出来たのでM美と2人羽田に向かった。

 お土産をあれこれ選ぶため少し余裕を持って家を出た。

 何年か前に羽田空港がリニューアルされてから、東京の銘菓が幅広く揃うようになったので、わざわざ銀座や青山まで行かなくても空港内で買えてしまう。これはとても有り難いことだ。


 一通り買い物が済んだところで、通路脇に出店している「舟和」を見つけてしまった。「舟和」とくればイモようかんだ。(あんこ玉もいいけど...)「うわ〜っどうしよう...やっぱ買ってくぅ?」M美と協議した結果、日もちがするなら...と言うことでお店の人と相談し買うことに決めた。


 支払いが済むと、搭乗開始を告げるアナウンスが流れ出した。

 例の”チェックポイント”に向って僕らは歩き出した。

 どの列に並ぼうか迷っているうちに、次から次と人の波が押し寄せてくる。

 「別に焦ることはない...」無意識に一番長い右側の列に並んで順番を待つことにした。


 あそこに並んで...ゲートに近付いて行くと、何となく私語を慎まなくてはいけない気分になるのは、僕だけだろうか。とは言え「また鳴るかなぁ...」「もう鳴らなかったりしてね」とか、そんなことを小声で話ながら静かに盛り上がっていた。


 いよいよ僕らの番になった。

 最初にM美が、余裕たっぷりの笑顔でゲートをくぐり抜ける。
...何も起こらない...しかもリングやブレスレットは身に着けたままなのに...鳴ることはなかった。(そうなんだ...鳴らない人は鳴らないんだ...どうしてなんだろう...やっぱりこれは手動ボタンなんだ...)


 僕は財布、キーチェーン、フィールドマックス(円柱形のアルミでできた携帯灰皿)、ベルト、リング、ブレスレット、時計と、取り外せる限りの金属物質をトレーに乗せた。

 ...その時ふと、今回は...鳴らないんじゃないかって...何となくそう思った。

 (身に付けている金属物質を、ここまで徹底してトレーに乗せたことは今までなかったし...これはある意味、あの近未来ぶったゲートへの挑戦でもあるんだ)

 ゲートまで2,3歩の距離の間、心の中で(鳴らない...これで大丈夫さ)そう思い描きながらいよいよゲートに差しかかっていた。

 視線の先は右側に並んでいる、いかにも真面目そうなボディチェッカーズを捉えていた。


 「鳴らない...鳴らない...鳴ら」♪キンコ〜ンあっ...(M美が楽しそうに笑った)...ガックシ...淡い思い込みと、意を決したゲートへの挑戦は脆くも崩れ去ってしまった。

 この日の”ギャラリー”は春休みということもあって特に多く、動揺を隠す間もなく「すみませんこちらへ」と目の前に現れたのは、女性のボディチェッカーズだった。

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