⊂ESSEY&NOVEL⊃

□万代橋を渡る風
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GO DOWN

 突然の電話が入ったのは、鈍色(にびいろ)の曇り空が広がる午後3時頃のことだった。電話は少し上擦った声の姉からだった。


 一通り話を聞いた僕は、あまりのショックで一瞬頭の中が真っ白になりかけたのだが、時間と共に冷静さを取り戻し、これからこの現実にどう対処すべきかを考え始めていた。


 2005年7月下旬、あるミッション遂行の為、急遽新潟へ行くことになった。


 元はと言えば自らの勘違いと思い込みによって、このような失態を招いてしまったのだ。その失態とは、今年の9月上旬で期限切れになってしまう”ある免許証”の「更新」の為、8月に行われる横浜の試験会場に申し込みを済ませていた。ところが、協会からの通達によって、横浜会場は「新規」の試験会場であることを知り、「更新」の試験会場を再度洗い直さなければいけなくなってしまったのだ...この期に及んで。


 この免許証は5年に1度更新しなければ無効になってしまう。したがって生業を継続する場合、更新をしなければいけない。慌てて自分の持っている免許証のカテゴリーを再チェックし、「更新」の試験会場を探すべく動き出した。


 先ずはインターネットで協会のサイトへアクセスし、残された期間に「更新」の試験が開催されるかどうかを調べた。ここで注意しなければいけないのは、カテゴリー選択後に「新規」ではなく「更新」の方をクリックすること。手順に間違いがないか確認しながら恐る恐るクリックした。


 すると...あった!7月下旬に新潟で開催される。「これを逃すと更新の試験は9月まで行われない...当然9月以降だと間に合わない...」けれど、次なる難関はこの時期に募集定員の空きがあるかどうかだ。通常2ヶ月前にはどの会場も閉め切られている。張り裂けそうな心臓を抑えるように、大きく深呼吸しながらクリックした。


 祈るような思いで一番右端を目で追う...定員127/150名になっていた。思わず「やったぁ!」と叫んでしまった。...しかし、何かが腑に落ちない...やがて胸騒ぎを覚え、手の中で温もりを湛えたマウスを握りしめ、パソコンの前で固まってしまった。


 そのままの姿勢で暫く考え込んでいた。...時間だけが徒(いたずら)に過ぎて行く...穏やかな呼吸に相反する胸騒ぎは、治まることなく高いテンションのまま続いていた...。


 「そうだ!」思案の最中、胸騒ぎの原因が分かった。更新日だ、このページの更新日。ページの一番下までスクロールする...「しかし...そんなものは見つからなくていい...更新日などこのページにはない、仮にあったとしても...今日の日付けになっていて欲しい...」現実逃避と願望が絡み合い、もはや冷静ではいられなかった。


 ブルーのページはコマ送りで上へ流れてゆき、右端のスクロールボックスが勢い良く落下してくる...スクロールアローとの距離、あと数センチ...もう直ぐページが止まる。


 スクロールボックスが到着した...右隅を覗く...やっぱりあった...そして日付は...3日前になっていた。「フ〜っ...」もしもこの3日間で募集定員が満たされていればお終いだ。何となく空きがないように思った。数分前まであった淡い期待は既に藻屑となっていた。


 僕は無意識に立ち上がり、肩を落としながらトイレ兼事務所のノブを捻った。


 中に入り振り返ると全身の力が抜け、崩れ落ちるように「スとーん...」と腰を下ろした。木造の分厚い特製のイスに座り、扉に貼ってあるポスターを見つめながらタバコに火を点けた。「フ〜っ...全て自分の責任だ...どうしよう...」


 そして天を仰ぐのと同時に、タバコの煙りを吐き出し自分の愚かさを嘆いた...「ああ...どうしてこんなことになってしまったんだろう...」


 膝の上に両肘を乗せ、頬杖をついたまま行き場のない思だけが、膨らんでゆくのを感じていた。

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