⊂ESSEY&NOVEL⊃

□ミワ物語
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GO DOWN

 2004年12月16日、忙しない師走の合間を縫ってM美と二人Kさん宅へ遊びに出かけた。

 毎年この時期は、紅白(NHK)やディナーショー、ブランドH.Kの仕事に追われ大忙しのKさんだけに、スケジュールが空いているかどうか難しい状況だったが、運よくアポイントがとれた。

 電話の話では厄介な仕事が一段落し、2,3日ゆっくり出来ると言うことだったので、図々しくもお邪魔することにした。(M美は5,6年前から、神宮前にあるKさんの自宅兼アトリエで、一緒に仕事をさせてもらっている)



 この日の目的はKさんに会って少しお話することと、もう一つはどうしてもミワちゃんに会いたかったからだ。

 ミワちゃんと言うのは、Kさんが20数年前に明治公園で拾って来たのら猫”ニジ子”の愛娘で、妹にヤッちゃんと言う猫がいたんだけど、残念なことにヤッちゃんは一昨年、永い眠りに就いてしまった。



 僕が初めてミワちゃん達に会ったのは3年前の夏だった。

 ミワちゃんとヤッちゃんの様子を伺いに、隣の部屋へ向かおうと椅子から立ち上がった瞬間、ある出来事が脳裏を掠めた。

 それは昔、北千住にあるM美の実家へ遊びに行った時のことだった。家に到着するとタータンチェックのスリッパに履き替え、案内されるままパタパタと階段を上っている途中、二階の方から「タッタカ、タッタカ...」と、何やら怪しい物音が聞こえて来た。M美に聞いてみると知らない人が二階へ上って来るので、猫たちが大急ぎで隠れているのだと言う。

 そう...気まぐれで独立心が強く人見知りするのが猫の特徴。だからなかなか知らない人の近くへは寄ってこない。子供の頃飼っていたウチの”長介”もそうだった。



 蘇った記憶を巡らせながら、すり足で恐る恐る隣の部屋まで行き中を覗いてみると、ミワちゃんとヤッちゃんは、スモーキーブラウンのストライプの生地で作られたベッドカバーの上で、仲良く寄り添いながら優雅にうたた寝をしていた。僕は二匹の姿を暫くの間眺めていたい衝動に駆られ、少しだけ近付きゆっくりと足を止めた。その瞬間、フローリングの板がほんの僅か軋み、人の気配を感じたミワちゃんとヤッちゃんは同時に薄目を開けこちらに視線を向けた。「やっぱり逃げ出すのか...」そう思った時、ミワちゃんは伏せていた顔をわざわざ上げて、初対面の僕に「ニャーッ...」と挨拶してくれた、猫なで声とはかけ離れた低い高飛車な声で...。

 僕にはそれが「よく来たニャーッ...」と言ったように聞こえた。いや、確かにそう言ったと思う。

 結局、二匹の猫は逃げも隠れもせず再び目を閉じ優雅なうたた寝に戻った。



 そんなミワちゃんの第一印象は、猫のくせに”気高さ”があり、どことなく偉そう...そんな感じだった。

 今ままでに動物を見て”偉そう”などと思ったことがなかったので、少し不思議な感覚になったのを覚えている。

 そしてこの時に受けた”気高く偉そう”と言う不思議な感覚が、ミワちゃんにまつわる物語のキーワードとして後に解き明かされることとなる。



 そのミワちゃん、顔つきもヤッちゃんとは違い強面で、まるで人格を持っているかのような仕種や、行動をとることで有名なんだ。



 一方ヤッちゃんは顔立ちも可愛いし人気もある。

 ただ、お嬢様ぶった態度が玉に瑕で、食事も毎日同じ物は食べず「今日はどっちの缶詰を食べるかなぁ...」と、いつもKさんをヤキモキさせる。

 そんな状況に見兼ねたM美はある日、2種類の缶詰を両手に持って、ヤッちゃんに聞いてみた「ねえヤッちゃん...今日はどっちが食べたい?お願いだから教えて?」と...。

 するとヤッちゃんは可愛らしい声で「ニャーッ...」と答えたそうだ。



 こんなわがままなヤッちゃんに比べ、ミワちゃんは出された食事に文句を言うことなど皆無で、与えられた現実を受け入れることのできる猫なんだ。

 しかも普通はご飯を出された瞬間、野生の本能を剥き出しにしてガッつくのが動物と言うものなのに、ミワちゃんはそんな見苦しいことはしない。

 「ヤッちゃん先に食べていいわよ...あたしは後で食べるから」と、ちゃんとおとなしくヤッちゃんが食べ終わるのを待ってから食べる。

 ...動物なのに卑しさがないなんて、まったく猫らしくない。

 品行方正な人でさえそう簡単には出来ない「譲る」と言う行為を、猫のミワちゃんは毎日当たり前のように平気でやってしまうのだから...それはそれは良く出来た猫なんだ。



 これ以外にもミワちゃんのエピソードは沢山あって...。例えば母猫のニジ子が死んだ時は、寝ているKさんを起こしに来たり...。

 M美が仕事に来る日は、いつもより少し早く起きなければいけないKさんを、ちゃんとその時間に起こしたり...。

 自分の体調が悪くなると、隣の部屋で仕事をしているM美の足下に来て「ニャーッ...あっちで(ベッドの上)お尻をトントン叩いておくれ...」とお願いしに来たり...。

 お昼時や、一日の終わり時など、時間を忘れ夢中になってミシンを踏んでたりすると「ニャーッ...もう時間過ぎてるニャーッ...」と知らせに来たり...。

 おしっこをしては「ニャーッ...」御飯を食べ終わっては「ニャーッ...」と、必ずお知らせする。

 つまりこれは歴とした意思表示...はっきり言ってミワちゃんは「意思」を持っている...そうとしか思えない。


 しかし、こんなミワちゃんも去年の暮れ辺りから体調を崩し、目も殆ど見えない状態になってしまった。

 瞳がクルクル高速回転し、トイレに行くのも、ご飯を食べるのも、一度身体を起こして立ち上がると、同じ場所でぐるぐる回っている...そんな不憫なミワちゃんを見ていると、何とかならないものかって、そう思ってしまう。

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