⊂ESSEY&NOVEL⊃

□ア・テンポ
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GO DOWN

 大学時代、音楽サークルに所属していた時の話。


 人付き合いが苦手な僕は先輩の誘いであろうと、情に訴えかけるような口実を作り、なるべく機嫌を損ねず断るのが常だった。


 特に1年目は寮生活だったため寮の閉鎖的な環境は、僕にとって好都合で快適な空間だった。


 授業が終わると取りあえず部室を覗き、スタジオが空いてなければ大学から歩いて5分の距離にある寮に戻り、部屋でヘッドフォンをしながらお気に入りの曲に合わせて、ベースをブンブン弾いていればそれで十分楽しかった。


 ある日、いつものように午前中の授業が終り一旦部室に戻ると、同学年の調子の良い医者の息子Sから、突然「今晩家に泊まりに来ないか?...練習が終わるのが5時だからそれまでに考えておいてくれ...」という思いもよらぬ誘いを受けた。


 「(今晩泊まりに来ないか...)」

 「(今晩泊まりに来ないか...)」


 僕の頭の中ではこのセリフが匂わす厭らしさと恐怖が否応無しに渦巻き、正しい解釈をひたすら追い求め、何度も何度もリフレーンしていた。そして今までに経験したことのない同性からの誘いに、(異性からもなかったが)感情は波打ち、思いっきり戸惑うのだった。


 しかしそんな僕の戸惑った様子を察し、Sは直ぐさまこう付け加えた。

 「ああ実はさ、注文してたJBLのスピーカー(2本で40万)が昨日届いて、その音の良さに感動して、誰かにこの音を聴いて欲しいと思ってさ...」


 「(なんだ...最初からそう言えよ!)」Sにはそう言ってやりたかった。


 そして僕は「(そうだろ?そんなところだと思ったんだ...)」、と予想外の真意に心を擦り合わせホッと胸を撫で下ろすのだった。


 けれども一つだけ腑に落ちないことがあった。

 それは、どうして僕を誘ったのか...誘うならバンドのメンバーなり他にもっと親しそうな連中がいるはずなのに...少なくとも僕にはそう思えてならなかったのだ。


 しかしスピーカー2発で40万って...なんと言う贅沢な買い物なんだろう...流石は医者の息子、貧乏学生の僕にはまったく現実離れした羨ましい話だった。

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