ドラズログ

□バラの花が似合わないタキレンさん
1ページ/1ページ




「タキレンさん」


名前を呼ぶと浅く顔を上げて、おもむろにわたしの方へと視線を寄越す。目が合ったのにふんわり。1つ微笑んでみせるけど。タキレンさんはつられて笑ってはくれず、不思議そうに首を傾げて何ですかとわたしに続きを促した。


「わたしが死んだら、わたしのお墓はタキレンさんが面倒見てね」


ぴくりと、僅かにタキレンさんの眉が反応した事に気付いていたけれど。気付かないフリをした。ニコニコ顔のまま、わたしは人差し指を頬に当ててうーんと考える素振りを見せる。


「お花はそうだなぁ。バラが良い!真っ赤な奴!」

「…バラはお供えの花には相応しくないと言われています」

「へ、そうなの?」

「ええ。バラには棘がありますからね。棘や毒のある花は一般的に避けられる事が多く、」

「わたしが良いって言ってるんだから大丈夫だよ」

「…」


渋々、といった様にタキレンさんが口を噤む。バラが好きなのですか、と。そう訊ねたタキレンさんに、わたしはゆうるり目を細めながらううんと小さく首を振った。


「花は全般好きだけど。タキレンさんに似合わない花にしようと思って」

「何ですか、それ」

「えへへ。タキレンさん基本どんな花でも似合いそうじゃん。タキレンさんが真っ赤なバラの花束供えに来てくれたらさ、わたしお腹抱えて大爆笑してあげるから」


だからタキレンさんも、そんなわたしの事想像して笑ってね。と、眉尻を下げながら優しい笑みで呟いた。しかしその瞬間ぼろり。タキレンさんの目から大粒の涙が零れ落ちて、晴れだった天気が一変する。バケツをひっくり返した様な雨が降って来る直前にさっ!と、常日頃から持ち歩いている少し大き目の傘を開いてわたしとタキレンさんの頭上に差した。ざああああっ、だなんて。激しく傘を叩きつける豪雨にふーうと長めの息を吐いて胸を撫で下ろす。危ない危ない。あと少しでも反応が遅れていたらでずぶ濡れになる所だった。それはもうボロッボロに泣いて俯くタキレンさんを見て、わたしの表情も一瞬だけ陰る。


「…タキレンさーん?」

「…」

「どうしたの、そんな泣いて」

「…貴方が、縁起でも無い事を言い始めるから」

「想像して悲しくなっちゃったの?あはは、タキレンさんたら気が早いよ〜」

「気が早いのは、貴方の方では無いですか。死んだ後の話だなんて、何故、いま…もしかして何か病気でも…」

「違うよっ!全然健康体だしまだまだ生きる予定だけどさっ!でもほら、人間って弱くて脆いから…いつ急に居なくなっちゃうか、分からないでしょ」


だから今の内にね!色々タキレンさんにお願いしとこうと思って。そう、自分で言っていてどんどん声が小さくなるのが分かって罰が悪くなった。わたしが死んだら、タキレンさん泣いてくれるかなぁ泣いてくれると良いなぁだとか最初はぼんやり想像していたけれども。この人の場合泣くどころか毎日大号泣かもしれないしと。そんな事を考えていたら、泣くよりも笑っていて欲しいという願いの方が強くなった。けど実際にわたしの話を聞いたタキレンさん想像通り、「貴方の居なくなった未来など…」と言って既にネガティブな想像が止まらない様なのでタジタジになる。へへへ…でも、嬉しいんだぁ。


「タキレンさん」

「…はい」

「…わたしの事好き?」

「愚問ですね」


欲張ってそんな事を聞いてみるけど。照れやな彼は決して好きですとは言葉にしないからもどかしい。好きって言ってよ〜、と、雨に打たれて重たい傘を持ちながら、タキレンさんの事をガクガク揺さぶってみる。そしたら、傘をすっとタキレンさんに取り上げられてあっと零れた。ついでに、水溜まりを通り越して川へとなり掛けの足場から助けようとしてくれたのだろう。そのまま軽々とタキレンさんに抱き上げられて不意打ちを食らう。


「わっ、」

「すみません、私の所為で…濡れてしまいますね」

「ううん、タキレンさんがお姫様抱っこしてくれたから。許す」


わたしを抱き上げたまま、未だしょんぼりと浮かない顔をするタキレンさんにそっと頬を擦り寄せた。固くて冷たい。けど、頬を伝う彼の涙はほんのりと温かいから不思議だ。


「タキレンさんの涙は何で出来てるの?」

「主にミネラルと水と塩です」

「あはは!」

「…貴方が笑っているのを見ると、何だか私まで嬉しくなってしまいますね」


ふ、と、そこで漸くタキレンさんが笑みを見せて、雨がシトシトとした静かな物に変わった。「わたしも!」と、意気揚々身を乗り出してそう訴えれば、益々タキレンさんが口角を緩めて穏やかに微笑む。


「わたしも、タキレンさんと同じ気持ち」







後日、楽器の自主練習へと励むわたしへ、タキレンさんは両手いっぱいにバラの花束を抱えて会いに来た。え…と、楽器を構えたままフリーズした後に、突然可笑しさが込み上げて来て大爆笑してしまう。


「あはっ、あははは!やっぱりタキレンさん、バラの花似合わないね」

「…まさかそこまで笑われるとは思っていませんでしたよ」

「ごめんね、正直予想以上だった」


それで?この花束は?まさかくれるの、と、ニヤニヤ確信を得た様に聞けば、タキレンさんは気恥ずかしそうに顔を俯かせながら「そうですよ」と短く肯定した。


「お供えなんかじゃなくても、私は貴方に花を贈りたいし。そうして笑った顔を見せて欲しいと思いまして」

「…!」

「お慕いしておりますよ」


ほわ、と、柔らかく笑いながら花束を差し向けたタキレンさんにぶわっとした感情が咲き乱れて、わたしの表情も自然と緩む。両腕を広げて花束ごとタキレンさんを抱き締めるまで、あと3秒。



20240331

次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ