第五人格

□甘い酸っぱい甘い
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ナワーブくんにまたコラボ衣装の話が来ているらしい。衣装合わせ中であろうナワーブくんの元を訪れてみると、後ろ姿からでもピョコンと主張する耳が伺えて自然と口角が緩んだ。お疲れ様と声を掛けてみる。ナワーブくんはこちらを振り向くなりおうと緩く笑って、わたしに隣へ座る様促した。また動物系の衣装だとは聞いていたけど。今回は随分と可愛らしいイメージなんだなと。ナワーブくんの顔を面と向かって見詰めながらボンヤリと印象づける。前髪か短い所為だろうか。凄い幼く見えるし、目元のカラーメイクのお陰でめちゃくちゃタレ目に見える。率直にいって…めちゃくちゃ可愛い。スチームパンクっぽい衣装がまた良く似合っている。ついじっと見詰め過ぎてしまうと、ナワーブくんがその視線に気付いた様に顰めっ面をして僅かに顔を赤らめた。見過ぎだと、単刀直入にそう言われてしまい、わたしはえへへと笑って誤魔化してみる。可愛い、って素直に言ったら怒られちゃうかな…怒っちゃうよなぁ、止めとこう。余計な感想は胸に秘めておく事にして。わたしは無難な一言を添えながらナワーブくんの隣へと腰掛けた。


「大分雰囲気変わったねぇ」

「まぁ、そうだな。前髪とかすっげー短くされた」


ムス、とした表情で、ナワーブくんがすっかり短くなった前髪を指先で弄る。でも似合ってるよ!と付け加えれば、ナワーブくんは漸く笑みを零してサンキュと短く返した。


「ナワーブくん、ご飯まだでしょう?荘園の主から差し入れ預かって来てるよ!」

「お、マジで?それは助かる」

「じゃーん、竹の葉と木の実」


正直、荘園の主からこの差し入れセットを貰った時は思わずうわと零してしまったけど。やっぱり半レッサーパンダと化してるナワーブくんにとってはご馳走に見えるのか。分かりやすく目をキラキラとさせながらじゅるりと涎を啜るから意外に思う。わー、マジか。


「すげー、竹の葉の良い匂いがするな」

「うーん…?ごめんよく分かんないや」


すんすん。鼻を近づけながら匂いを確認するナワーブくんに、はいと竹の葉を差し出してみる。何の疑いもなくパクリと。竹の葉に食い付いたナワーブくんは本当に動物の様な挙動をしていて尚更可愛らしい。葉っぱなんて食べて大丈夫なのかなぁと心配だったけど、黙々と食しているので何の問題も無さそうだ。あっという間に食べ終えて、次の葉っぱが欲しいと視線で訴えてくるナワーブくん。つい悪戯心が芽生えてニヤリと含み笑いをしてしまう。竹の葉をもうひと房ナワーブくんへと向け、あーんと大きく口を開けて食べようとしたタイミングを見計らい、ヒョイと竹の葉を頭上高くへ逸らす。スカっと空振りしたナワーブくんは凄く不服そうな顔をして。わたしの腕を掴むなりぐいと強引に引き寄せ、勢いよく竹の葉へと食いついた。きゃあっと楽しそうに悲鳴を上げたわたしを一瞥しながらも、悪戯は大概にしとけよ?とナワーブくんが釘を刺す。


「ふふ、ごめんね?木の実もあげるから機嫌直して?」

「…」

「ほら、あーん」


顰めっ面を浮かべつつも、わたしが木の実を口元まで持って行くと口を開けてパクリと食べる。モグモグ咀嚼をするなり、ナワーブくんは甘いなと呟いて次の木の実を要求した。今度は意地悪無しで、大人しく次の木の実をあーんしてあげる。丸くて赤くて少し固さの残るそれは、よく見ると昔絵本の中で見た木の実に似ていた。…おいしそう。木の実を頬張るナワーブくんの隣で、わたしも一粒口に含み歯で噛んでみる。そして溢れ出した果汁が余りにも酸っぱくて思わず絶叫。


「すうっ!ぱあああっ!!」


はて、甘いとは??と問い詰めたくなる程酸っぱくて、わたしはジタバタと激しく悶えながらナワーブくんの方を睨み付けた。口元で意地の悪い笑みを浮かべているナワーブくん。さっきわたしが意地悪をしたから、そのお返しのつもりだろうか。未だニヤニヤとしているナワーブくんに嵌められたと気付き、わたしは涙目になりながら酷い!と訴えた。


「うぅ、嘘つきだ」

「は?嘘なんかついてねーって」

「だって全然甘くなかったもん!」


ぷんすか。分かりやすく機嫌を損ねってしまったわたしに、ナワーブくんはうーん?と不可解のポーズを取ってみせるからむっとする。


「もうっ、本当に、」


酸っぱかったんだからね、と、言いかけている途中で唇を塞がれ、言葉が打ち止められる。後頭部に優しく添えられた手にしっかりと引き寄せられ、わたしの唇はナワーブくんのそれにはむっと食べられていた。「んっ、んー!」ちゅむちゅむと。そんな可愛らしい音を立てながらキスをしてくるナワーブくんに、堪らず赤面して悲鳴を上げようとすれば。その隙を狙って舌が入り込んでくるから余計に涙ぐむ。そんなわたしを薄目で見てゆっくりと、ナワーブくんが漸くキスを止め顔を離した。糸を引きながらもぷつりと切れた唾液に羞恥心を煽られ、わたしは真っ赤な顔のままナワーブくんを見つめ返す。


「…俺は、やっぱり甘いと思うけどな」


なんて。んべーと赤くて大きな舌を出しながら、そんな事をボヤくナワーブくんにぎょっとして挙動不審になる。もう一粒試してみるか?と、意地の悪い顔のままそんな事を問うナワーブくんには、取り敢えず全力で首を振っておいた。



20230821

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