第五人格

□それは緻密に作り上げられた吊り橋効果だ
1ページ/1ページ




ぐすんぐすん。今日も一番に飛ばされて啜り泣くわたしは、チェイスが超ド下手だった。解読キャラの宿命だろうか。狙われやすいというのもあって大体一番にゲームから退場してしまう事が多く、いつも先に1人仲間の動向を見守っていた。モニター越しにやられた仲間を見て「あー!」と項垂れる。わたしのファスチェが良くなかったのは一目瞭然で。露骨にしょんぼりと落ち込んでしまう…。せめてもう少し、もう少しだけでもチェイスが延びたらなぁ。そう嘆くわたしに声を掛けてくれる優しい人が居た。イライくんだ。彼はやぁと柔和な笑みで近付いてきて、わたしにチェイス指南してあげようかと持ち掛けてくる。えっ、良いの!?そう、目を爛々と輝かせて問い掛けると、イライくんは柔らかい笑みのまま勿論と頷いて快く引き受けてくれた。

イライくんといえば、有能で実績のあるチェイス班の内の1人だ。そんなイライくんに指導して貰えればわたしのチェイスも多少は良くなるかもしれない。自然とわたしの期待値も上がって、少しだけウキウキとしながらイライくんと待ち合わせをした。まずはカスタム戦で練習していこう。はじめに弱ポジと強ポジ、弱い板と強い板があってね。そう、イライくんが基礎中の基礎から教えてくれる。メモを取ろうとしたら、こういうのは身体で覚えていくんだよと優しく手を引かれ板裏へと誘導された。なるほど、これが強い板。イライくんは教え方が上手いのか、聞いていて凄く分かりやすかったし、早く実践してみたくなった。

ドクドク。不意に心音が速くなってハンターが近くにいる事を実感する。botだと分かっていてもドキリとしてしまうのは、よっぽどわたしがチェイスに苦手意識を覚えている証拠だろうか。


「どうしよう!ハンターが来るよぉ!!」


そう言っている間にもボットハンターが機械的な動きでこちらへと向かってくる。アタフタしながら変な方向へ逃げようとした刹那、イライくんにそっちはダメだと腕を掴まれて必然的に方向転換をさせられた。「わっ、!」イライくんに背中を守られながら、先程教えられたばかりの板場へと誘導させられる。そのままハンター(bot)を相手に、より良いチェイス方法を手解きしてくれるイライくん。言われるままに板を倒すと見事ハンターに直撃し、botとは分かっていながらも初めて感じる好感触に、わたしは目を爛々とさせながら喜んだ。


「あ、当たった!わーい!!」


両手を挙げて万歳は、流石に子供っぽかっただろうか。ふとイライくんの視線を感じてはっとさせられる。目が合うとクスリ。小さく笑われたのに急に羞恥心が襲いかかってきて、わたしは一気に顔を赤くしながら誤魔化す様にエヘヘと笑った。







その後も何回か、イライくん直々の指導を受けて小ネタや裏ワザも色々と教わった。実はここを通ると大抵のハンターは見失うんだとか、此処で板を先倒ししておくと便利だとか。正に目から鱗だ。ただ、腰を引かれたり一々距離が近かったり。ちょっとスキンシップが多いかなと最初はドキドキ意識して不審に思ったりもしたけど。イライくんには下心なんてないし純粋な親切心で教えてくれてるのにそう思うのは失礼かなと思い直してからは、あまり考えないようにする事にした。身体で覚えさせようとしてくれてるのか、実際どう動いたら良いのかも凄く分かりやすかったし。彼は良心でしてくれてるのにわたしと来たら…。ごめんねイライくん!一瞬でもイライくんを疑ってしまった自分に激しく自己嫌悪して、心の中で何度か強く謝った。


慣れるまで大変だろうけどと言ったイライくんの言葉通り、上級編のチェイスは中々思うように行かないし難しいなとは思ったけど。わたしの生存率は明らかにぐんと上がっていたし、実際ハンターの牽制秒数も自然と稼げる様になっていた。チェイスが上手くなった!と仲間に褒められる事もしばしば。「わたしにはイライ先生がついてるからね!」とドヤ顔で自慢すれば、さすがイライとイライくんの株も上がるので、何だか二重で誇らしかった。目に見えてメキメキと成長しているのが嬉しくて仕方がない。満面の笑みでイライくんのお陰だね!とお礼を告げれば、イライくんは穏やかな表情で微笑み返しながら「君の努力の賜さ」と謙遜を返す。何かお礼をさせて欲しいとも言ったけど、イライくんは遠慮する一方なので謙虚だなぁと尊敬心が増した。イライくんは、本当に仲間思いの優しい人だ。



「あっ、イライくん!」


そんなある日、久し振りにイライくんと同じゲームに出る事になり、開始早々イライくんと鉢合わせたのにぱっと表情が明るくなった。少し焦った様な表情を浮かべたイライくんにぐいと腕を引かれてキョトンとなる。「え、あれ、イライくん?」ハンターの位置が視えるイライくんが此処にいるという事は安地確定かなと思ったのだけれど、案外そうでもないらしい。ドクドク、途端に高鳴り始めた心臓に思わずヒヤリとして、イライくんからワンテンポ遅れてわぁ!と慌てる。は、ハンターが近くにいる!隠れるか、チェイスに持ち込むか。そう脳裏で思案する間もなく、グイグイとイライくんに背中を押されて首を傾げた。半ば強引に連れて来られたのは、赤茶に色褪せたロッカーの前。


「あ、え、ロッカー?入るの?」


コクリと頷いたイライくんが速やかにロッカーの扉を開けて中へ入る様促して来る。でもロッカー、ロッカーって…。もしハンターに見つかったら一発KOの地雷案件だ。躊躇して踏み込み切れずにいると、イライくんが先にロッカーへと入って行くので余計に焦る。さぁ、と手を差し出されて、咄嗟に握り締めた。身体を引っ張られて狭いロッカーに2人で収まる。だ、大丈夫だよねっ、だってチェイスの得意なイライくんが言うんだもん!既にわたしの中で、イライくんの言う事には絶対の安心と信頼があった。でもいざロッカーの扉が閉まって視界が薄暗くなると、今更ながら不安が募ってソワソワとした。ど、どうしよう、つい一緒になってロッカー入っちゃったけど、


「(っ、近いし狭い…!)」


ロッカーは使い方さえ間違えなければ良い隠れ場所になる、とイライくんは教えてくれた。まぁ、ハイリスクだけれどね。なんて、直ぐ耳元でボソボソ喋るから擽ったい。嫌でも距離の近さを認識してしまって、ジワジワ顔に熱が集まるのが分かった。自然とイライくんの胸板に全身を預ける形になってしまって申し訳なくなる。お、重くないかな。ごめんねイライくん!

出来る限りイライくんの負担を減らそうと思って、狭く薄暗いロッカーの中で少し動き回ってみる。せめて、せめてイライくんに掛けてしまっているこの全体重を何とか、と四苦八苦しながら自分の足で立とうとした、ら、ぐいと腰を引かれてまたイライくんの方へと引き寄せられた。ペッタリ密着してくるイライくんに心臓が跳ね上がって、胸のドキドキが増す。


「っ!イライくん、」


な、なにを、と狼狽するわたしに構わず、イライくんの形の良い唇が「しー、」と静かにする様訴えてくるので瞬時に口を閉じる。動かないでという言葉と共に外から物音。あれは、道化師のジョーカーだろうか…。耳鳴りが気になっているのか、ロケット組み立て用のパーツを回収しながらその辺の板を小突いて回る様子にブルリと背筋が震えた。これは、見つかったら即終わりだ…。ロッカーから引き摺り出される自身の姿を想像して顔面蒼白。ロッカーの僅かな隙間から、ジョーカーがこちらへ近付いて来るのが見えてブルブル震えながら息を呑んだ。

とん。不意に、イライくんの手の平がわたしの背中に触れて優しく叩いた。とん、とん。さすさす。大丈夫、大丈夫。そう、イライくんの大きな手の平が静かにわたしをあやす。見ない方が良いと、顔をやんわりイライくんの胸板に押し当てられてギュッと目を閉じた。イライくんの心臓もドキドキいってる…。無心になりきれなくてただ時間が過ぎるのを待っていると、突然ブラの外れた感覚がして胸の締め付けが無くなった。えっ!?ビックリし過ぎてつい動揺してしまう。こっそりイライくんの方を見やるけど、イライくんは依然と澄まし顔だった。ど、どうしよう。お風呂上がり急いでたから、そういえばブラのホック適当に留めてた、よう、な…?偶然、イライくんの手の動きで外れてしまったのかもしれない。こういう時凄く自分のガサツさを呪いたくなる。体勢的にも中々キツくて、身動ぎをする度にブラが浮いて上がって来るから困った。ソワソワとするわたしに気が付いたのか、イライくんが凄く小さな声でどうかした?と問い掛ける。


「あの、えっと、…実は、」


言うべきか迷って、葛藤。後でロッカーから出て一人になった時に直そうと思ってたけど、この状況がいつまで続くかも分からないし…。だからといってイライくんに言った所で何にもならないよね、と判断して。「何でもない」と言い掛けた途中、突然ムニと胸を掴まれて飛び上がった。ガタン、中々大きな音を立ててしまったのに青褪めるわたしに、イライくんが至極申し訳なさそうな顔でごめん!と謝る。ちょっと体勢が、と続けたイライくんにはっとして、勢いよく大丈夫だよ!と返した。


「ごめんね、やっぱり重いよね」


しょぼんと落ち込みながら少しでも距離を取ろうと試みるけど。イライくんは真剣な声色で、そんな事より君がソワソワ落ち着かない方が気になると力説してくるので勢いに押された。「あ、えと、あのね、」目を逸らしてもイライくんからの熱烈な視線を感じてじっとりと汗をかく。


「…ブラが、外れちゃったみたいで」


歯切れ悪くなりながらもなんとか言い切った。顔が、あつい。恥ずかし過ぎてイライくんの方を見る事が出来ない。う、イライくんもきっと困っちゃってるよねと思うと居た堪れなくなり、今すぐ消えてしまいたい衝動に駆られた。けれどイライくんが、それはすまない、今すぐ着け直す、とわたしの返答を待たずに服の中へと手を忍ばせてくるので弾かれた様に顔を上げる。


「ちょ、あの、!」


まっ、て…!消え入りそうな声でそう訴えるけど、イライくんの手がガサゴソとわたしの服の中を探るので緊張して声が上擦った。大きな手の平が、わたしのブラを探して何度か胸の表面や脇腹を撫でる。「っひ、ぅ」こそばゆくてつい艶っぽい声を上げてしまうと、イライくんに静かにするよう注意されてしまい咄嗟に唇を噛んだ。確かに、ジョーカーにバレたら捕まっちゃう!なるべく存在感を消して息を顰めなくちゃ。


「んっ、…ん、」


でも薄暗いのも便乗して緊張感が、ヤバい。心臓が破裂してしまいそうだ。無意識にイライくんの服をギュッと強く握り締めると、イライくんが耳元で小さく笑った気がした。はい、出来たよ、と言われるまでの時間がヤケに長く感じて。わたしは少しやつれながらほうと安堵の息を吐く。


「あ、ありがと…あの、もう大丈夫なんじゃないかな?」


おずおず。そうイライくんに問い掛けるけどいや、まだだと即答されてしまい言葉に詰まった。う、うーん、そうかぁ。不審がるわたしを傍目に、イライくんがトントンわたしの左胸を指差す。心臓がまだドキドキしてるだろうって?確かに、それはハンターが近くにいる証拠ではあるけど…。正直それはイライくんとこんなに密着しているからであって、とまで考えてブンブンと思考回路を振り解いた。わたし、イライくんを疑ってる…?いっ、イライくんはそんな人じゃない!ゆっくりおもむろに太ももやお尻を撫で回されてるけど…きっと何か理由があるんだ。わたしはイライくんを信じてる!!

そうしてイライくんにハグされたままただソワソワと落ち着きのない挙動でいると、どこからかピィっ!と甲高い鳥の鳴き声が聞こえてはっとなった。今のはイライくんの…。窮屈な体勢の中強引に通信機を引っ張り出して覗いてみると、仲間が襲撃されていてそうか!と閃く。イライくんは敢えてロッカーの中から仲間の動向を見守っていたのかもしれない。集中力必要そうだし、こっちの方が静かで天眼に集中出来そうだ。勝手に自己完結してスッキリした気でいると、イライくんに行こうかと促されてやっとロッカーの扉が開けられる。ギィと錆び付いた音と共に、外の太陽光がたっぷりと差し込んできて反射的に目を瞑った。う、眩しい…!しぱしぱと何度か瞬きを繰り返して、漸くマップの状況把握をする。暗号機は2台、か。でも2人足止めを喰らった割には悪くないかも。


「じゃあわたし、向こうの暗号解読行ってくるね!」


早く解読を進めなくちゃ!そう、くるりと背を向けて今にも走り出しそうでいると、突然イライくんに腕を掴まれてつんのめった。わ、ビックリした、


「イライくん…?」


無に近い表情を浮かべて、こちらをじっと凝視するイライくん。かと思うとゆうるり口角を上げて、イライくんはとても落ち着いた声色で言った。「君はもう少し、危機感を覚えた方が良いよ」僕が言うのも何だけど、と続けられた言葉に、思わず背中の方がゾワリとする。


「…え?」


やっとの思いで絞り出した声は若干震えていて、イライくんはそんなわたしにクスリと笑みを零すと、片手を挙げてじゃあねと行ってしまった。イライくんは、そんな人じゃない。イライくんは真摯で優しくて、そんな下心のあるような人じゃ…。

ドキドキ。

もうとっくにハンターはこの場を離れているはずなのに。ヤケに心臓の高鳴りが酷くて息切れした。



20220520

12周年メモリク、匿名希望ちゃんよりチェイス下手な夢主ちゃんがイライくんにチェイス指導を受けるという名目でベタベタいちゃいちゃされる話

次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ