第五人格

□デートと呼んでもいいですか
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※ハンター夢主



「わああ!寝坊しちゃったよぉ」


今日は朝からマルチに行くんじゃ無かったのかと、わざわざ部屋まで起こしに来てくれたのはジャックだった。寝癖はピョンピョン跳ねているし、寝起きで声のトーンは割と低いし。呆れた様子のジャックを傍目に、わぁわぁ慌ただしく待機ルームへと駆け込んでは身支度を始める。息が、試合スタートしてないのに既に息が荒れている!今日はもう初期衣装でいいかな。余りにもボロボロな私を見兼ねてか、ジャックが変わろうかと気遣ってくれたし実際お言葉に甘えようかなとも思っていた、のだけれど、


「…はっ!」


曲芸師くんが、いる。待機室で退屈そうに、頬杖を付きながら時たまペットと戯れついている姿につい目を奪われた。そうして曲芸師くんに釘付けになっていると、既に察しがついたらしい。ジャックがやれやれと言いたげに肩を竦め溜息を吐いた。


「え、えへへ…ごめんね、ジャック。でもありがとう」


すっと差し出されたのは一本の赤い薔薇。ゲームの前にはいつも薔薇をプレゼントしてくれるのがジャックなので、私は微笑みながらそれを髪に括った。なんてのほほんとしてる場合じゃない。曲芸師くんがいるなら私は余計に入念な準備をしなくて、は…はああ!マッチングしちゃった!はああ…!いいい、急がなきゃ、


「ジャック!早く出て行って!私着替えるの〜っ」


おやおや。喉の奥で楽しそうに笑って佇むジャックの背中をむい〜っと出口まで押し込み追い出す。ど、どうしよう。何を着て行こう!ああっ、そうやって迷う時間すら惜しい。バタバタ慌ただしく、衣装ダンスの中から最近貰ったお気に入りのワンピースを選んで着替えを終えた。そこからメイクにも力を入れてヘアアレンジも決めて。デートかと言われても可笑しくない程気合いを入れていく。寧ろ、これは一方的なデートと言っても過言ではなのだ。だって想い人である彼と会える機会なんてそうそうないんだもん。こういう時くらい、少しでも可愛いという印象を持たれたい。チラリ。サバイバー席で大人しく待っている曲芸師くんの横顔を見ながら、私はキュンと疼く左胸を押さえた。





「(…結局時間ギリギリ使ってしまった)」


あまりにも私の身支度が遅かったからか。ハンターさん大丈夫?息してる〜?とサバイバーの皆から心配されたのには焦った。な、なんて良い子達なんだろう。私の身勝手で申し訳ない。息してるよ!と思いつつ、一応ゲームはゲームなのでハンターとしての役割はきちんと全うするつもりでいた。のに、


「あっ」


そう短く声を上げたのは私だったか、それとも彼だったか。月の河公園、一階テントの中で解読をしていた曲芸師くんと目が合って思わずフリーズする。どうしよう、優鬼なんてする気は無かったしゲームだと割り切っていたハズなのに。いざ曲芸師くんを目の当たりにしてしまうと動けなくなった。まるで時間が止まってしまったみたい。彼も同じくポケーっと、どこか惚けた表情で私を見つめたまま固まっていたけれど。やがてハッ!としたように、曲芸師くんが指でオッケーマークを作り愛嬌のある声を上げた、どうやら、私の衣装を褒めてくれているらしい。それが目的ではあったのだけれど、いざ面と向かって褒められると照れるというか、少し恥ずかしいというか。


「えっ、えへへ、ありがとう」


頬を染めてはにかむと、曲芸師くんも照れた様に頬を掻く。「曲芸師くんも、その衣装素敵!」お返しとばかりにそう褒めてみれば、彼は少しうーんと考える素振りを見せてから流れる様に私の手を掴み柔らかく広げた。その挙動についドキリとさせられる。


「(M、i、k、e…、)」


曲芸師くんが一文字ずつ、私の手の平をなぞりスペルを綴った。少し擽ったく思いながら集中させた意識で追い掛けて、私はおずおずと口にしてみる。


「…マイク?」


途端にパァッと、弾ける様な笑みを見せた嬉しそうな表情が忘れられない。わああ、名前!まさか名前、教えてくれるなんて…!私は私で大歓喜してしまって。ニヤける頬を必死に堪えながら、マイクの方へと向き直った。あぁ、もう、今日の私は優鬼確定です。心にそう決めたその時、テントの外から聞こえて来た話し声にピクリと身体が反応する。もしかすると優鬼だと気が付いた他のメンバーがわざわざ会いに来てくれたのかもしれない。元々私の身の安否を心配してくれた優しい子達だし。マイクと2人きりの時間が終わってしまうのは少し惜しい気もするけれど、しょうがない。迎えに行こうかな。そう踵を返した私の腕を、マイクがくっ、と優しく引っ張った。


「…?マイク…?」


何処へ行くの?そう訊ねれば「しぃ、」と唇に人差し指が押し当てられる。悪戯な顔で笑ったマイクのその表情にドキっとさせられたけど気づかないフリをした。テント脇へと誘導されるまま大人しくついて行けば、自然と地下へ続く階段が見えて。そのままそっと壁へ寄り添いながら、私はマイクの横で大人しく口を噤んだ。小気味よく揺れる心臓の鼓動が心地良い。このまま少しだけ、時間が止まってしまえばいいのに。


「…」

「…行ったみたいだね?」


段々と遠くなっていく足音にそう問い掛けてみる。マイクがニヘッと苦笑いを崩しながら頷いてみせ、今度は地上へ出る為に再び私の手を引いた。…もしかして、マイクももう少しだけ私と2人きりがいい、とか。そう思ってくれたのかな。自意識過剰だとは思いつつも、そんな期待が胸の内側で弾けて擽ったくなる。えへへ、そうだといいんだけどなぁ。


「…?座ればいいの?」


再びテント中の舞台前までエスコートされるなり、中央にあるベンチ席に腰掛ける様促されたので大人しく従う。何を始めるんだろうとワクワクする私を前に、マイクは手の動きを付けながら恭しく頭を下げて丁寧な挨拶を交わした。そうして伏し目がちに私を見やり、キラキラと星の含まれた眼差しにドキドキとする。マイクはポケットから幾つか玉を出すと、見ててとでも言いたげに玉の表面一つ一つをなぞり、宙へと放り投げジャグリングを始めた。カラフルな球が幾つもマイクの頭上を通り抜け、行ったり来たりを繰り返している。


「わあっ!凄い凄い!」


さすが曲芸師。こういうったパフォーマンスを生で見るのは初めてでつい興奮気味に身を乗り出した。マイクはジャグリングをしたまま少し後ろへ下がると、その辺に転がっていた玉乗り様のボールを足で手繰り寄せて何度か靴で転がしてみせる。結構大きなボールなのに。ひょい!なんて効果音が付きそうな程には、軽い身のこなしだった。右へ、左へ。左右へ移動しながらもジャグリングをする手が止まる気配は無く、私の視線はマイクに釘付けだった。…素敵。子供の頃憧れだった。街にサーカス団が来る度に、私も華やかなサーカスショーを見てみたくてソワソワと浮き立っていた幼心を思い出す。結局見られず終いだったけれど…マイクが叶えてくれた。胸がキュンキュンと疼いて堪らなくなる。どんどん大きくなっていく好きを感じながら、私はひたすらマイクに見惚れていた。


「…!」


ずるっ、と。不意にマイクが足を滑らせ身体の重心が傾く。そんなに高さが無いとはいえ、落ちたら身体を打ち付けるだろうし何よりも痛いだろうと思った次には、もう身体が動いていた。「危ないっ!」咄嗟に手を伸ばし、マイクを受け止めようと滑り込む。しかし運動神経が良い上プロの曲芸師である彼が足を滑らせるなんて凡ミスをする訳が無く。転んだ様に見せ掛けて、実は綺麗に着地を決めて更に宙を舞うジャグリング用のボールをキャッチしてみせるつもりだったらしいのだ。(そういうパフォーマンスだという話を聞いた時はそうだったのか…!とまた驚嘆させられたし同時に申し訳なくもなった。)それが、私が勝手に飛び出してしまった事によりマイクは着地場所を失い、いっ!?と硬直した表情で顔面から私に突っ込んだ。

バフっ、

マイクと衝突した弾みで彼の持つ燃焼爆弾が爆発したらしい。巻き上がる爆風を受け反射的に目を瞑る。ケホケホと咽せながら頭を振って、メラメラと燃える自身の胸元にギョッと目を瞠った。ひいい!もえっ、燃えてる…!?


「きゃあああ!あつっ、あつうぅ!」


パニックに陥りあっちこっち右往左往している私につられて、マイクも両手を浮かせながらわたわたと慌てている。動かないように言いながら、マイクがばっ!と勢い良く自身の上着を脱ぎ去り、炎上している私にバサバサと上着を掛けながら火消しを行った。段々と小さくなって消えた火種にほぅと息を吐いてしゃがみ込む。よ、良かった。助かったけども。服はチリチリに焼け焦げて酷い有様だった…。うぅ、おめかし用のお気に入り服がっ。涙目になりながら、剥き出しになってしまった胸元を隠す様に腕をやる。申し訳なさそうにしたマイクがおずおずと、私に自身の上着を押し付けながらごめんと謝った。しょんぼり意気消沈した姿を見ると私の方までうっとなってしまう。


「きっ、気にしないで…私が余計なお世話をしてしまっただけで、マイクは全然…」


そうフォローの言葉を掛けてみるけれど、マイクは依然として萎れたままだった。火傷してないかとか、ぶつかった際に何処か痛い思いをしなかったかとか、折角の可愛い服がとか。ずっと私の心配をしてくれるマイクに、胸の奥がキュッとして切なくなる。マイクから借りた服で胸元を隠す様に頼り無く押し付けてみたら、ほんのりと彼の香りがしてまたキュンとした。


「…そんなにションボリとしないで?マイク」


私、今日嬉しかった。マイクに会えて。名前を教えて貰って、2人きりの時間を過ごせて、貴方の曲芸を見られて。


「凄く凄く、楽しかったの」


だから、もし良かったら、また次も一緒に…、なんて。緊張から噛み噛みになる私に、マイクはふわりと柔らかく微笑んでみせた。しゃがみ込んだままの私に近付いてマイクが距離を詰める。落ちた影の形と、私の髪に触れた彼の温もり。もちろんと返してくれたマイクの声は、ゲートの開く音で掻き消されてしまったけれど。いつまでも私の耳に残って離れないでいた。



20191229

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