第五人格

□一生を君に
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ガチャガチャぴこぴこ。何だかよく分からない機械音を立てながら、バルクは手元の機械弄りに没頭している。一人で遊ぶのにも飽きてしまって、痺れを切らした様にバルクの名前を呼んでみるけど返事は返って来なかったし振り向いてさえくれなかった。流石に放置され過ぎでは無いだろうか。わたしはむぅと頬を膨らませながら無防備な背中に飛びつく。けれど、バルクの背中からゴツゴツと突き出た機械部品が見事に頬へと当たってゴリっとした衝撃に目を潤ませた。


「い、いったぁ…!」


そうやって涙声を上げて漸く、バルクが首だけで振り向いて背中越しに目が合った。何をしているんだと言いたげに、少しだけ呆れた様な表情で。


「さみしい!構って下さい!」


そう素直に訴えてみる。でもバルクは遇らう様に手を振ってわたしを追い払い、またガチャガチャと機械弄りを再開し出したので露骨に顔を顰めた。もう、さっきから何をそんなに没頭しているのか。久し振りにゲーム内で会えたのに。皆も気を遣って、さっさと解読を終えて脱出し2人きりにしてくれたのに…。


「…そろそろ構ってくれないと、わたしいじけてグレちゃいますよ?」

「…」

「さーん、にー、いーち」

「…」


無言を貫くバルクにカウントダウンを開始して、ぜろになったタイミングで背中越しから抱き付きチュ、と頬へキスを落とす。刹那、ばっ!と頬を押さえながら勢いよくわたしの方を振り向いたので笑ってしまう。


「ふふ、やっとこっち見た」


バルクの方がわたしよりも遥かに年上の筈なのに。こういう色事にも、慣れているだろうに。それでも付き合い始めてからずっとこんな可愛らしい反応をするから嬉しくなってしまうのだ。挙動不審になりながらも立ち上がったバルクに「きゃ〜!」だなんてはしゃぎながらその辺にあったロッカーへと飛び込む。一度構うとなったら最後まで構ってくれるのがバルクだ。やっと諦めがついたのか、バルクはやれやれとため息を吐きながらロッカーの正面に渋々スタンプを貼ってそっと扉へ手を掛ける。ギシギシと乾いた音を立ててロッカーの扉が開いた。優しく引き摺り出されて、気が付けばバルクの頭上でフワっと身体が浮き上がる感覚。でも完全に浮き切ってしまう前に腕を伸ばし、バルクにギュッと抱きついてしがみついた。


「へへへ」


間の抜けた顔で笑うわたしにつられてか、バルクも少しだけ口角を緩めて笑ってくれた気がした。まぁそれも一瞬で、また直ぐにキリっといつものポーカーフェイスに戻ってしまったけれど。

ぷつん。

優しく糸の切られた音がする。浮力を失った身体がゆっくりと落ちて、バルクの腕の中に抱き留められた。幸せな温もりにゆるゆると笑みを隠さずに曝け出していると、不意にバルクがわたしの名を呼ぶ。おもむろに顔を上げてなぁに?と訊ねれば、バルクはわたしと視線を合わさずに言葉を落とした。

結婚しないか。

まるでまっさらな白い紙に綴られていったような、綺麗で真っ直ぐな文。一瞬だけ思考が停止して、咀嚼するように口の中で繰り返してみる。結婚しないか。その言葉の意味を理解した頭から、プスプスとオーバーヒートしていく音が聞こえた気がした。


「えっ、なっ、ええっ?」


真っ赤になりながらバルクの顔をマジマジと見つめてみるけれど、当の本人は澄まし顔でまた腕についてる機械弄りを始めてしまったので視線は合わなかった。え、えええ…!もしかすると、わたしの聞き間違いだったんじゃないかとすら思えて。ポカンと呆けたまま固まっていると、バルクがチラチラ視線をわたしに向けた後あからさまに溜息をついてみせた。どこかヒンヤリとした、低体温の手の平がわたしのソレを捕まえて手繰り寄せる。すっ、と。シンプルなデザインのシルバーリングが、わたしの左手薬指に触れて目を瞠った。本当に?夢じゃ無い?わたしで良いんですか。バルク、ねぇバルク、あなたとなら喜んで、大好き。言いたい言葉はたくさんあったのに、いざ言葉にしようとすると喉でつっかえてしまうから困った。左手薬指で光るリングを見つめてから、そろそろと視線を移してバルクの事を見上げる。


「ばる、く…」


機械弄りなど、緊張を誤魔化す為のカムフラージュに過ぎないというのにはその時になって漸く気が付いた。好きだとか、愛してるだとか。そんな愛情表現を贈るのはいつもわたしの方で、バルクにははいはいとあしらわれてしまう事が多いのだけれど。好きだ、あいしている。そう、どこか恥ずかしそうに目線をソッポへ向けながらも愛の言葉を紡いだバルクに、わたしは沸々と湧き上がる想いを抑えきれなくなって勢いよくバルクへと飛び付いた。



20191208

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