第五人格

□墓守くんと呼ぶなっ!
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一番初めに彼を墓守くんと呼んでいたのが誰だっか、今では全く覚えていないんだけど。その人に影響を受けて、わたしも墓守くんと呼ぶ様になったのは確かだった。墓守くん。何だか可愛らしいし響きが良い。わたしは大層その呼び方を気に入って、墓守くん墓守くんと第三者の前でも本人の前でも変わらずにその愛称を呼び続けた。しかしそんなある日の事だ。


「墓守くん」


いつもと同じくそう呼びかけると。墓守くんがむすっ、と分かりやすく顔を顰めながらわたしの方を振り返った。


「おっ、お前いつも僕の事墓守くんって呼ぶよなっ」


と、挙動不審かつ不満そうな物言いでわたしに抗議をする墓守くん。何だか今更すぎて、わたしはちょっとポケっとして呆けてしまう。


「…?うん、可愛くない?」

「可愛くないし、意味が分からない。何で僕だけ役職名なんだよ」

「え〜、だって墓守くんの方が呼び易いんだもん。響きも可愛くて好き」

「だから、可愛くない」


どうやら、墓守くん的にはこの呼ばれ方を全然気に入っていないらしい。ついでに、可愛いと賞賛される事も。なんて事だ。わたしは凄く良いと思ってるのに。しかし本人が嫌だというのなら少し考えてしまう。やだなぁ、止めたくないなぁ、この呼び方。ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く墓守くんは、すっかりご立腹の様だった。墓守くん?おーい。そう呼び掛けてみてもシカトだから酷い。


「…そんなに名前で呼んで欲しいの?しょうがないなぁ」


いくら呼び掛けても無視をされるので、思い立ったようにそう訊ねてみる。墓守くんは一気に顔を赤くしながら、ばっ!と勢いよくわたしの事を見やった。


「はああっ!?誰がっ!!そんな訳ないだろ!?」

「じゃあ墓守くんで良いじゃん」

「…」


凄い、墓守くんの感情の落差が激しい。思い切りぎゅ、って唇を引き結んで、今にも泣きそうな顔ですんと拗ねる。正直とても分かりやすい。そして可愛い。ちょんちょん。彼の服の裾を引っ張って気を引こうとしてみる。墓守くんはチラリとだけわたしの事を一瞥して、かと思うとまた直ぐに視線を外しながら呆れた様に呟いた。


「…そもそも、お前僕の名前すら知らないんじゃないのか」


だから呼べないんだろうと、そんな挑発をしてくる墓守くんに面食らってまたもや間抜け面を晒してしまう。どうしよう。そこにめちゃくちゃ乗っかりたい。うーんうーんって、考えるフリをして墓守くんを困らせてからなーんちゃってと言いたい。一喜一憂する墓守くん、見たくない?わたしは見たい。そう、悪戯に墓守くんを揶揄いたくなったのをぐっと堪え、わたしはフニャっと表情を崩して墓守くんに笑いかけた。


「やだなぁ、それくらい知ってるよ」


ね、アンドルーくん、と。久方ぶりに紡いだ彼の本名に何処か懐かしさすら感じてしまう。まさか、本当に呼ばれるとは思っていなかったのか。間髪入れずに「…!」だとか、それだけで頬を赤くして狼狽える所がやっぱり可愛い。右へ、左へ、アンドルーくんは忙しなく視線をあちこちに彷徨わせると、勢いよく顔を背けながらボヤいた。


「わっ、!わわわ、分かってるなら、いい…」


そう、噛みまくりの慌てまくりで。たったそれだけで恥ずかしそうにしちゃう墓守くんを見ていると、何だか微笑ましくてニコニコしてしまう。名前を呼ばれるのがそんなに嬉しかったのだろうか。大きな手の平で顔面を覆い隠しながらも、小さな花を沢山飛ばしてあからさまに喜びを噛み締める墓守くんを見て。たまになら名前で呼んであげるのも良いかなと、ヒッソリ思った。



20230721

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