第五人格

□キミ自身が好きなのだ
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ぶつり


ゴムの切れる音がして、彼女の長い髪が一気に崩れて舞い落ちて行く。スローモーションにすら見えたその情景が余りにも美しく、思わず目を奪われて放心した。その綺麗な髪に見惚れて、一心不乱に彼女を追いかけ始めたのは一体いつだったか。その内彼女自身に興味が湧いて、もっと近くで見たいと思う様になったのはいつからだったか。捕まえようと追い掛ければ風を纏いながら揺れて、手を伸ばすとサラサラ手中から抜けて行く。逃したくない。本能的にそう思い、咄嗟にそのまま握り締めて手繰り寄せた。最初は単純に驚いた様な声。しかし次には、心の底から嫌がる様な、悲痛な叫び声に変わりズクリと胸が疼く。


そんなに不安そうな顔をするな。俺はただ、お前と話がしたいだけだ。そう伝えようにも、彼女はいやいやと首を横へ振って聞こうとはしないので困ってしまう。そうして最初は穏便に仲良くなろうと思っていたのが、いつしか強引に引き留める様になっていた。ゲームの勝ち負け等最早どうでも良く、彼女と少しでも居られるならとダウン放置を狙ったがそれも直ぐに投降されてしまう始末で頭を抱える。何故だ、どうして話を聞こうとしない。まずそもそも、俺から逃げる事を止めろ!だなんて事は無理難題だとは分かっていても、思わずにはいられない。溢れ出る気持ちを抑える事も出来ず、そんな中見てしまったのは、傭兵に背中を守られながらゲートを出て行く彼女の姿だった。ありがとうナワーブくんなどと、俺には絶対見せない様な甘い笑顔で微笑んで。柔らかい声で名前を呼んで。悔しい事に、その時の表情がとても綺麗で、また見惚れて…


その瞬間、俺は心の中でドス黒い感情が芽吹くのを感じた。ぶわっと溢れて止まらない。まるで血の流れに乗って全身へと広がっていく様な感覚。どうして、お前はいつも俺の前で泣いてばかりいるだろう。俺にはその笑顔を向けてくれないのか。俺の事も、その優しい声色で名前を呼んではくれないのか。何故、何故。俺はお前の名前すら知らないのに。そんな思いばかりがはやって、気づけばまた彼女の髪を無理やり引っ張り条件反射で武器を振っていた。わんわんと声を上げて泣く姿を見て漸く我に返る。


「どうして、どうしてそんな酷い事するの、!」


ボロボロ涙を零しながらそう叫んだ彼女に一瞬だけ視界が歪んだ。どうして、そんな事は俺が聞きたかった。どうして上手く行かない。俺はただ、お前のその長い髪が好きだと思った。もっと近くで見てみたい、側に居たい、笑い掛けて欲しい。どんどん欲深く色付いていく思いだけが全てだった。なのに、何故、


「(こうも上手く行かない)」


ぶつり。酷い音がした。ここで話は冒頭に戻る。嫌でも回想から現実へと意識が戻される。彼女の長い髪を纏め上げていたゴムが引き千切れ、髪が一気に弾けて落ちていくのを見た。まるで花火の様で綺麗だと思った。消えない様に、逃がさない様に、また無意識に手を伸ばし捕まえる。恐怖と絶望、そして諦めの滲んだ瞳が俺を捉えて震えた。ぎゅっ、閉じられた瞳にまたしでかしたと自責の念に駆られる。しかし今回はいつもと何か違った。しっかりと捕まえていたはずだ。逃したくないと思い、キツく握り締めていたはずだ。それなのに気がつくと、彼女は傭兵に連れられて逃げ出していた。バッサリと短くなってしまった髪を見て思考が止まる。待て、おい、ふざけるな…、どうして、俺はお前の長い髪が好きだった。ただそれだけだったんだ。このままでは、そんな短くなってしまった髪では、もう捕まえる事が出来ないだろう。どうしてくれる。溢れ出る思いが止まらない。手中に残る彼女の髪はやはりどう見ても美しかった。なのにこの喪失感は一体どういう事か。考えて漸く分かった。そうか、俺は、







20201102

今更気付いた所で、もうどうにもならない


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