夢_Short

□#7月7日は(仙道2年)
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(仙道_社会人)

オフシーズンとはいえ、こんな時間に電話をしていいのだろか。自分からばかり仙道に連絡をしている気がする。重い女と思われるだろうか。

電話のボタンを押すか躊躇っていたその瞬間、携帯のディスプレイにSとだけ表示された。

ドキリとして手が震える。
声まで震わせるわけにはいかない。平静を装って電話に出た。

「もしもし」

『もしもし、俺』

耳飛び込む低く優しい声。

「どうしたの?仙道から電話くるなんて、珍しい」

『悪い、忙しかった?』

電話の向こうからはざわめきが聞こえる。
駅のアナウンスだろうか、時々仙道の声が遮られる。

「ううん、大丈夫。まだ外なの?」

『ああ、ごめん、煩い?』

「私は平気。それよりどうしたの?」

『会いてえなって思って』

電波が悪い場所なのか、いつもよりくぐもった声がする。

『遠恋の恋人たちが会える七夕ってキャッチコピー見かけたらさ』

会いたくなった、と恥ずかし気もなく仙道は言う。

「仙道ってそんなセンチメンタルなこと言うひとだっけ?それに私たち、遠恋なんかじゃないじゃない」

笑い飛ばしたけど、遠距離恋愛のように、今の私たちは会えていない。

仙道の試合のスケジュールだったり、私の仕事の都合だったり。
仙道の体温も忘れそうなくらい、会っていない。

こっちに居る時ならいつでも来てくれていいよ、と仙道からマンションの鍵を渡されてはいるものの、何となく躊躇してしまって行ったことは一度もない。
逢いに行きたいときは何度もあった。
けれど、もし僅かとはいえ、彼が迷惑そうな表情を見せたらー、無いとは思うけれど、誰か別の人と一緒に居たら。そんなことを想像してしまい合鍵は使えないでいる。

練習や試合だけに限らずメディアへの露出なんかも増えていて忙しい人だし、そんなところに更に負担をかけさせるのは嫌だった。自由な気質の彼を縛り付けるようなことはしたくないし、重いと思われたくもない。だから、たった1本電話を入れるだけでも迷ってしまっていたというのにー。

「相変わらず忙しいんでしょ?無理しなくていいよ」

『センチメンタルになるぐらい、今飢えてるんだけど』

電話の向こう側の仙道がどんな表情をしているのかは分からない。ただ‘飢えてるんだけど’という言葉に心臓がとくん、と一瞬大きな音を立てる。

『週末じゃないけど、今から行ってもいい?』

七夕だからさ、と仙道は言った。
言われてみれば今日は7月7日、七夕だ。

『…まあそれはどうでもいい後付けの理由』

もう一度、いい?と仙道がきいてきた。

明日も仕事の都合で一時間早く出社しないといけない。それでも仙道と会えるなら。

「……もちろん」

『よかった』

電話を切って暫く、たった今交わしたばかりの仙道との会話を反芻する。

話したいことも、聞きたいことも多すぎて、それ以上にあの優しい眼差しに見つめられたくて、ついさっきまで電話をするかどうか悩んでいた気持ちは嘘のように晴れていた。


2022.7.7(了)
2023.7.10(改)


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