夢_Short
□仙道と柚子湯の日(仙道)
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連絡ひとつ寄越さず、いつも気まぐれにやってくる仙道がうちのインターフォンが鳴らしてきたのはお風呂上がりで、まだ髪も濡れている時だった。夜も遅い時間帯、ちらりとモニター越しに映った顔を確認して受話器で応答もせず解錠した。
今更お風呂上がりのすっぴんを恥ずかしがるような関係ではないけれど、もう少しタイミングってものがあるんじゃなかろうか。転々と髪から床に落ちた雫をタオルで軽く拭っていると今度は玄関のチャイムが鳴った。
チェーンを開けると、よう、といつもの調子で冷たい外気と共に仙道が入って来た。
「寒かった」
鼻の頭が少し赤い。
そういえば天気予報でも今シーズン最大の寒波がやって来ると言っていた。
「風呂上がり?」
こちらを見て言う。
「あったかそう」
コートも脱がず此方の身体に腕を回す。
「苦しいってば」
「ん、悪い」
僅かに腕を緩めるものの、離そうとしない。少しお酒が入ってるのだろうか。玄関先でこんな風にする時は大抵何かあったり、酔って人恋しくなってるものだ。
冷えた鼻先が首元に埋められる。吐息は暖かく、そして、くすぐったい。
「あ…」
すん、と耳元で大きく息を吸う。
「いい香り、する」
もう一度、すんすん、と鼻を鳴らすと仙道は言った。
「柚子…?」
「わかる?今日、冬至だからお風呂に入れた」
「そっか」
この香り、好きだ、と呟いた。見なくても声だけでその顔に笑みが浮かんでいるのが分かる。
「彰って柑橘系、好きなの?高校の時もレモンばっかり食べてたイメージ、ある」
「アレは別に好きで食べてたわけじゃないけどさ。疲れたらレモン食え!って田岡監督がしょっちゅう言ってたから」
懐かしいな、と言いながら、巻きついていた腕を離すと仙道は此方の顔を覗き込んだ。
「そういえば」
ニコリと笑う。
「ただいま」
うちに来る時に、お邪魔します、ではなく、ただいま、がお決まりの台詞になったのはいつからなのか、もう思い出せもしない。
そして、ただいま、の後に当たり前のように形の良い唇が自分の額だったり頬だったり、あるいは唇に触れるのもーー随分と当たり前になってしまっていたけれど、不意にひんやりとした唇が重ねられたとき、自分から立ち上る微かな柚子の香りのせいか、頬の奥がきゅっとした。
2021.12.22(了)