夢_Short
□噛み合わない世界(牧)
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世界はいつだってかみ合わない。
晴れだった筈の天気予報は外れ、夕方になると怪しい雲行きになり部活を終える頃には小雨になっているし、こんな日に限って普段は置いてある置き傘は昨日の雨で家に持って帰ってしまっている。
誰かに入れて貰おうにも今日は神も清田も自分より先に出てしまっていた。
「あれ、牧?どうしたの?」
体育館を出て、念の為教室に戻って机の中に折り畳み傘がない事を確認して出たところで声をかけられた。
「珍しいね、部活じゃないの?」
彼女もまたかみ合わない世界のひとつだ。
「今日は夜に業者の空調点検が入るから早めに終わったんだ」
「ふーん、そうなの。帰らないの?」
3年間同じクラスで、いつしか目で追っていた。
そんな彼女は、ひとつ歳下の神とは家が近所で昔からの知り合いだとかで学年を超えて仲が良く、自然と神を慕ってついて歩いてる1年の清田とも仲がいい。
俺は彼女が好きだけど、彼女にとっての俺の存在は、きっと神や清田と喋ってる時の背景程度だろう。
「帰ろうと思ってたんだけど雨が降っててな。傘置いてたかと思って教室に探しにきたんだ」
海南のバスケ部の試合もよく観に来てくれるが、専ら目当ては翔陽の藤真だ。そしてこの前の予選からは『絶対に陵南の仙道くん!』なんだそうだ。藤真にしろ仙道にしろ、分からんでもないから余計にやるせない。
「え、雨降ってきちゃったの?天気良かったのにねえ」
何となく並んで昇降口へと歩きながら彼女は言った。
「じゃあ私の傘入ってく?」
彼女が鞄から折り畳み傘を取り出して俺に笑いかけた。どきりとしたのを悟られたくなくて、素っ気なく2人じゃ狭いだろと返すと、大丈夫だよ、と彼女は首を振った。
「この前、宗一郎と一緒だった時も大丈夫だったもん」
ああ、やっぱり世界はかみ合わない。靴を履き替え傘を広げる。
「でも私が持つと大変だから牧が持って?」
渡された時、一瞬指先が触れる。
「いよいよ予選決勝リーグだね。絶対勝つと思うけど」
「また観にくるのか」
「もちろん!」
「仙道を観に?」
「…牧を観に」
見上げる瞳に心が揺らいで思わず視線を逸らし、揶揄うように言った。
「俺?藤真か仙道じゃなかったのか」
霧のような細かい雨がはみ出た肩を少しずつ濡らす。
「藤真くんとか仙道くんと戦ってるときの牧が好きなんだ」
見下ろした目尻には笑みが浮かんでいる。
「強くて、格好いいから」
天気予報は外れたし、好きな子は後輩と仲がいいわ他校のライバル目当だわ、世界は嫌というほどかみ合わないように出来ている。
それでも。
『強くて、格好いい』
貰ったばかりの、たったひとことでかみ合わない世界を覆してみたくなる。
君のことが好きだーと。
いつか何処かで。届かないとしても伝えたい。
2021.7.1(了)