青の福袋

□浄めの旅(後編)
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場面は戻り、ユフィとヴィンセントは肉人形と対峙していた。

「せいっ!」

ユフィが先制して大型手裏剣を投げつけるが大量の人形たちが盾となてそれを受け止めて砕け散り、手裏剣は持ち主の手元に戻って行く。

「・・・」

続けざまにヴィンセントが愛銃・ケルベロスを撃ち放つがこちらも肉人形に命中する直前に人形たちが割り込んでそれを顔面に受け止めた。
激しく弾け飛んで足元にバラバラと落ちて行く人形たちを前に、しかし肉人形は怪しい笑みを浮かべて口を開く。

「この娘は人形がたいそう好きだったようでな、部屋にも蔵にもたくさんの人形を飾っておる。盾などいくらでもおるて」

「へぇ、仲間を盾にするなんていい趣味してんじゃん」

「強き者に服従するのが妖の掟。こんなちっぽけな絡繰り人形なぞ使い捨てて当然。
 意味もなく無惨に終わりたくなければ巫女の魂を奪えと命じている」

「悪いけどアタシの魂はそう安くはないっての!」

言葉の終わりと同時にユフィはまた大型の手裏剣を投げつける。

「うつけが、そんなものを投げた所で絡繰り人形どもが―――」

「どこまで防いでくれるだろうな」

背後からの予想だにしなかった声に肉人形は驚いて体ごと振り返る。
すると、目の前には紫色の大きな獣が牙を剥き出しにしていて、大きく拳を振りかぶる直前だった。

「なっ!?貴様は―――」

勢いよく拳が突き出て咄嗟に盾となって現れた人形たちを次々と破壊していく。
しかし数体の人形程度では拳の威力を抑える事は叶わず、壊れた人形ごと肉人形はその拳に腹を抉られるようにして殴り飛ばされた。

「ぐ、はっ・・・ぁ・・・!!」

宙を舞い、無様に畳の上を転がっていく肉人形。
隙を与えず紫色の獣―――ヴィンセントは追い打ちをかけて肉人形を攻め続けた。
いくつもの絡繰り人形が肉人形の盾になろうと前に出てくるがヴィンセントの鋭い爪や人間を超えた力強い拳、そして繰り出される炎の前では成す術もなくただただ破壊されていくのであった。
そうしている内に段々絡繰り人形の数は減っていき、最後には一体の人形だけが出てきてそれ以降は姿を見せなくなった。

「わ、童の下僕たちが・・・!」

「いらくでも代わりがいると言っても限度がある」

「っ!!」

冷徹な声音に危機を察知した肉人形は咄嗟に腕で自分の身を庇おうとしたが間に合わず、鋭い爪が髪の下の顔を切り裂いた。

「ぎぃぃやぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

耳をつんざくような金切り声の悲鳴。
そのあまりの痛みに肉人形は傷を抑えながら畳の上をのたうち回る。

(すまない)

これは肉人形ではなく体の持ち主への謝罪。
出来れば死者の体を傷つけるような真似はしたくなかったのだが、こうなってしまった以上はそれもやむを得ない。
死者の体に憑りついた悪霊はその体が使い物にならなくなったら次の体を探して乗り移る。
そうなってしまう前に除霊するか魂が癒着した状態で肉体の完全なる死を迎えさせなければならない。
肉体と適合すれば簡単に癒着の出来る悪霊だが、その反面で癒着が上手く行きすぎると離れるのが困難になるのが弱点だ。

「終わりだ」

のたうち回る肉人形に手を翳して止めを刺そうとするヴィンセント。
だが―――

「うわぁ!?」

背後でユフィの驚く声がして何事かと思い、すぐに顔を向けた。
するとどういう訳か、ヴィンセントやユフィが砕いてきた人形の破片が集まって新たに大きくて歪な人形の形成を始めている所だった。
その大きさは天井に届くほどとなって見る者を圧倒させる。
そしてそれがユフィの隙を誘ってしまい、ギチギチと右腕を動かしてきた人形に手を摘ままれて吊るし上げられてしまう。

「わ、わぁああ!?何すんだよ!は〜な〜せ〜!!」

『・・・巫女の・・・魂・・・寄越せ・・・』

「誰がお前らなんかにやるか!アタシの魂は安くないぞ!!」

『よこせぇええええええええええええ!!!!』

「いーやーだー!!」

暴れてもがいて脱出を試みるがもう片方の手も掴まれてしまい、ユフィは自由を失う。
そこから更に人形の黒くて長い髪がまるで生き物のように蠢き始めて全身に絡み始める。
白くて長い脚に、しっかりと引き締まった太腿に、くびれた細い腰とお腹に、胸の下と間と上、そして摘ままれている腕と首にスルスルと巻き付いてじわじわと締め上げてきた。

「う、ぐっ・・・!」

「ユフィ!!」

「人の心配をしている場合かぇ?」

ドス、と皮膚と肉を切り裂く音が耳に届いてヴィンセントは片膝を付く。
捕らえられたユフィに気を取られて油断してしまい、不意打ちを許してしまった。
後ろでケラケラと笑う人形の声が不愉快だった。

「許さぬぞぇ。折角童のお気に入りの器に傷をつけたのじゃからなぁ。
 貴様を殺して八つ裂きにして細切れにして肥溜めに混ぜて鬼蜘蛛に食わせてやるわ」

呪詛を吐くようにしておぞましいセリフを吐く肉人形の言葉が癇に障る。
不愉快で、不愉快で、堪らない。
肉人形だけではない。
ユフィを捕らえて苦しめて魂を奪おうとする人形の集合体も、油断した自分も、そもそも自分たちをこうやって追い詰めようとする妖も何もかも全て―――



・・・―――壊してしまえばいい。











屋敷全体に火の手が回る中、キングとセブンは力技で壁を破壊して漸く脱出経路を確保した。
正規の道順ではこの屋敷の中はあまりにも複雑で逃げている内に崩れてしまう恐れがあったからだ。
しかしそんな中、木を粉砕するようなおおよそ火事の中であまり聞く事のない不穏な音が二人の耳に届く。

「キング、今のは―――」
「行くぞ」

短く頷いてセブンとキングはユフィとヴィンセントが閉じ込められている部屋に向かった。

「襖は開くか?」
「ああ、力がなくなっている。恐らく二人が肉人形を倒したのだと思うが・・・」

セブンは二人の身を案じながら襖に手をかける。
願わくば妖が消滅していて、二人が無事な姿であるようにと。
そうした思いを込めて勢いよく襖を開けると、驚くべき光景がセブンとキングの瞳に飛び込んできた。

「は・・・ぅ・・・ぐっ・・・!」

「ユフィ!」

部屋一面に散らばる木片と干からびた人間だったもの。
そしてその中央でユフィと取っ組み合う、人の形をした黒い“何か”。
お互いに両手を握って力の押し合いをしている。
状況としては押し倒されて下になっているユフィが劣勢であった。
ユフィの身が危ないと感じた二人はすぐに武器を構えるが、それを他ならぬユフィが止める。

「待って待って!手ぇ出さないで!“コレ”ヴィンセントだから!」

「ヴィンセント、だと・・・?」
「まさか、それが・・・」

「そ!カ・・・オ・・・ス!!」

持てる力全てを使ってユフィはカオスと呼ばれた存在の腕を突き返し、勢いのまま逆にカオスを押し倒し返した。
形勢逆転、カオスが下に組敷かれ、ユフィがカオスの体に跨ってその額に人差し指と中指を揃えて当てる。
と、同時に鋭い爪が生えたカオスの手がユフィの首を掴む。

「こん、の・・・!」

『・・・』

徐々に力を込めてくるものだから呼吸が苦しくなる。
首の骨が軋んで悲鳴を上げる。
けれどもユフィは落ち着いて小さな隙間から空気を吸って呪文を唱えた。

「“流れる水は常に清く生まれ変わる。邪を払いて正しき流れとなる。悪しき者よ、悠久なる水の流れと共に眠り給へ”!」

するとどうだろうか、額に押し当てたユフィの指先から優しい水色の光が溢れだした。
そしてそれと同時にカオスの顔が歪み始めて忌々しそうにユフィを見つめ、手から力が抜けていった。
カオスが完全に抵抗しなくなると黒い霧のようなものが一瞬だけカオスを包み、霧散したかと思うとヴィンセントが姿を現した。
その一連の流れに一安心してユフィはホッと一息をつく。

「ふぅ・・・今回もヤバかった〜」
「そっちのヤバイのは終わってもこっちのヤバイのは終わっていない」
「ユフィ、この屋敷はもうじき焼け崩れる。今すぐ脱出するぞ」
「分かった!」

意識のないヴィンセントを肩に担ぐとユフィは二人の誘導に従って屋敷から脱出するのであった。
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