青の福袋

□浄めの旅(後編)
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一方、鬼蜘蛛たちの吐いた糸によって部屋全体を囲まれたセブンとキングは背中合わせで部屋の中央に立っていた。
まるでシルクのような真っ白な空間のあちらこちらから鬼のような顔を覗かせる子供の蜘蛛。
そして二人の正面に立って大きく口を開く醜く肥え太った親の鬼蜘蛛。
親の鬼蜘蛛は牙を何度か鳴らすと下卑た笑い声を漏らす。

「キシャシャシャ!巫女の方は肉人形の方に行っちまったか。まぁいい、仙人のガキもどんな味がするか楽しみだしな」

「肉人形?まさかあの女性は―――!」

「そうさ、あれはもう人間じゃない。器を求めてた悪霊が憑りついた肉人形さ」

「くっ、まんまと騙されたか・・・!」
「落ち着け、セブン。肉人形の見分けは難しいとマザーも言っていただろ」
「分かっている。だがユフィとヴィンセントが―――」
「あの二人なら問題はない、きっとな。それよりも今は自分たちの事を考えるのが先決だ。でなければ二人を助ける事さえままならない」
「ああ・・・ああ、そうだ・・・お前の言う通りだ」

セブンは一呼吸入れて落ち着きを取り戻すと鞭剣を構えて鋭く鬼蜘蛛を見据えた。
いつものセブンに戻った事を確認してキングも二丁の拳銃を構えて鬼蜘蛛を見つめる。

「肉人形と組んで仲が良いんだな。そっちを食った方がよっぽどお前の腹を満たせるんじゃないか?」

「死肉はダメだ、生きた肉じゃねーと旨味はないんだよ」

「・・・つまり、この屋敷に人間がいないのはお前の所為か?」

「それがどうした。女が肉人形に成り果てたとバラされたくなかったら飯を持ってこいって言っただけだ」

「という事は屋敷の人間を食べさせたのは肉人形の仕業か」
「恐らくな。鬼蜘蛛の脅しが煩わしくてさっさと食べさせて自分は魂狩りを楽しんでいたんだろうな」

「そこの女は察しがいいなぁ。そうだ、あのクソ人形は屋敷の人間を食べさせるだけ食べさせた後に俺を地下に押し込みやがったんだ!
 丁度良い器がある事も何よりも絶好の餌場を見つけたのは俺だってのによぉ!
 油撒いて手下どもに松明持たせて俺を見張ってたんだぜ!酷いと思わないか?」

「酷いのはお前たちの方だ」
「ここで排除させてもらう」

「やってみやがれ!その前に貴様らを食ってやるよ!!お前らやっちまえ!!」

糸に張り付いていた子供の鬼蜘蛛たちが一斉に四方八方から二人に飛び掛かる。
皆それぞれに奇声を上げて口を広げるが二人は動じない。
キングはしゃがみ、セブンは鞭剣を伸ばすとそれを宙で舞わせた。
鞭の剣先は右上、右真横の少し下、背中の後ろ、左斜め後ろ、左真横、左斜め前へと美しい軌道を描いて子供の鬼蜘蛛たちを貫いていく。
第一波を退くと第二波が襲い掛かかるが空気を切り裂く音と共にそれらも次々と散って行った。
しかし子供の鬼蜘蛛の波の勢いは止まらないがそれはセブンも同じ。
セブンは全身の五感を極限まで集中させ、落ち着き払った表情で天井を眺めながら鞭剣の行き先を描く。
その姿はまるで指揮者のようで子供の鬼蜘蛛たちはその演奏の賑やかしに過ぎなかった。

セブンが慎ましくも大胆な音楽を奏でている間、キングは片膝を立てて二つの獲物の咆哮を上げる。
力強く空気を震わせながら弾丸が放たれるが鬼蜘蛛の顔には傷一つ付かず、それどころか弾かれるばかりだった。

「キシャシャシャシャ〜!そんな石ころぶつけても痛くも痒くもないぞ!」

「チッ、やはり効かないか」
「私が足止めする。ファイガの準備をしろ」
「分かった」

短く頷いてキングは片手を胸元に持っていき、ファイガの呪文を唱え始めた。
キングのやろうとしている事に気付いた鬼蜘蛛はその重たい体を動かし始めて阻止にかかる。

「魔法を唱える気だな〜?そうはさせんぞ!」

「それはこちらのセリフだ。キングには近付かせないぞ」

セブンは短くウォールの呪文を唱えると自分とキングの前に魔法の壁を出現させた。

「そ〜んな薄っぺらい壁っで何が出来る!!ぶち壊してまとめて食ってやるよ!!」

鬼蜘蛛はその巨体と顔の硬度を活かしてウォールに突撃して破壊しにかかった。
一撃、二撃、三撃と突撃を重ねるごとに大きな音が部屋に木霊し、魔法の壁にヒビを入れて行く。
壊れそうになった所で再びセブンが魔法を唱えて新たな魔法の壁を生成する。
しかし気を配るのは正面だけではない。
尚も続く子供の鬼蜘蛛の襲撃にも気を抜かず、セブンは鞭剣を振るう腕を休めない。
しかし物事には限度というものがある。
仙人の子供と言われてもセブンにも限界がある。
精神体力共に徐々に擦り減っていき、顔に疲労の汗が薄っすらと浮かび始めた。

「くっ・・・そろそろキツイな」

鞭剣の軌道が荒くなり、小さな乱れが見え始める。
流れが雑になって隙が少しずつ生まれてくる。
それはウォールの生成にも影響していて、まだ十分なのに直してしまうなど粗が目立ってきた。

「どうしたどうした?さっきまでの威勢はどうした?苦しそうな顔をしてるぞ〜?」

「雑魚が相手だから眠たくて仕方ないんだ。悪いな」

「そうか〜!なら俺が永眠させてやるよ!!」

今までの突撃とは比べ物にならない渾身の一撃がウォールにぶつけられる。

ガシャァアアン!!

分厚いガラスが割れる音と共にそれらの破片がキラキラと輝きながら美しく散っていき、宙に消えて行く。
しかしセブンは慌てない。
ただ静かに大口を開けて飛び掛かってくる鬼蜘蛛を見つめるだけ。
いや、彼女の瞳は鬼蜘蛛など見つめていないのかもしれない。
思い描くのは相棒の背中。
時間がゆっくりと流れて幻の背中に現実の背中が重なっていく。

「ファイガ!!」

キングは胸元で溜めていた魔力を前に突き出し、大岩の如き特大の炎魔法を解き放つ。
大きな炎の拳は力強く鬼蜘蛛の巨体にぶつかってそのまま部屋全体を燃やし始めた。

「ウギャァアアアアアアアアアアア!!!!」

断末魔の叫び声を上げて鬼蜘蛛は焼き殺されていく。
それと同時に真っ白な糸に炎が走って糸と子供の鬼蜘蛛も焼かれて消滅する。
炎は尚も燃え続け、屋敷全体を燃やす勢いだった。

「遅くなった」
「いつもの事だから慣れてる。それよりユフィとヴィンセントを助けるのが先決だ。襖に妙な力を感じる」
「・・・鬼蜘蛛が言っていた肉人形の仕業だろうな。一先ず俺たちは安定した脱出経路を確保するぞ」
「ああ」

二人は炎が滾る部屋を出ると脱出経路の確保に取り掛かった。
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