青の福袋

□浄めの旅(後編)
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焦ったようなキングの声に武器を手に持って外に飛び出せば、異様な光景がセブンとヴィンセントの目に飛び込んできた。
立ち込める濃霧、虚ろな瞳で恐らく自分の意思とは無関係に迫ってくる大量の町人。
妖の類が操っているのは間違いないのだが、その肝心の妖の姿が見えない以上はどうする事も出来ない。
なので二人は仕方なくキングの指示に従って屋根の上に飛び上がり、避難する場所を探す。

「キング、これは一体何があった?」
「分からん。ユフィが抱えてる女をいきなり襲いだしてこうなった」
「今まで町の人間がこんな風に動いた事は?」
「ない。私とキングが来てから一度もまともな人間には会っていない」
「切っ掛けは一体・・・」
「どーでもいいから隠れられるとこ探そうよ!このままだと登ってきそうな勢いだよ!?」

今ユフィたちがいる場所は二階建ての建物の屋根の上。
そしてその建物を囲うようにして大勢の町人が寄せ集まり、手を伸ばして蠢く。
その様子は妖にも劣らぬおどろおどろしさと不気味さがあった。
そんな時―――

「屋敷へ」

ユフィが抱えていた女性がポツリと呟いた。

「へ?」
「この先を真っ直ぐ行くと私の屋敷があります。あそこなら町の人々も近付けません」
「屋敷?だがあそこは無人の筈じゃ―――」
「人がいようがいまいがどっちだっていーじゃん!とにかくそこしか行けないなら行こうよ!」

セブンの言葉を遮ってユフィは女性が指し示す先へ移動を始める。
その後にヴィンセントも続き、キングも続く。

「ユフィの言う通りだ。ここで突っ立っていても仕方ない。それに屋敷に潜入出来るチャンスだ」
「ああ、分かった」

セブンは頷くと同じようにしてキングたちに続くのであった。











「はぁ〜ヤバかった!」
「ひとまず危機は脱したな」

屋敷の中に入り、座敷の間まで来るとユフィは女性を下ろして疲れたように座り込み、セブンもその隣に座る。
その間にヴィンセントとキングが部屋の中を見回しながら屋敷の中の気配に集中する。

「・・・あまり人の気配がしないな」
「お前らが来た時はどうだった?」
「同じだ。門を叩いても誰も出て来なかった」
「・・・あまりここに長居はしない方がいいな」
「ああ。おいアンタ、どこか抜け道はないか?」

問いかけられた女性はコクリと頷くと静かに答えた。

「あります。地下に外へ抜ける道が・・・」
「じゃぁアンタ、なんでそっから抜けなかったの?真正面から町を抜けるよりも安全じゃん。ていうかアンタはこの屋敷の関係者?」
「左様にございます。私はこの屋敷の持ち主の娘にござりまする」
「つまりお嬢様ってことか。薄々そんな感じはしていたがな」
「え?セブン気付いてたの?」
「綺麗に整えられた長い髪、明らかに町民が袖を通す事は出来ない上物の羽織、どう見ても武家や貴族の人間だろう」
「あ、そっか。セブンすごーい」
「大した事じゃない。それよりも質問の続きだ。ユフィが言っていたように、どうしてアンタは抜け道を使って逃げなかったんだ?」
「抜け道には蜘蛛の妖がおります故、玄関から逃げ出す以外に方法がありませんでした」
「げっ、蜘蛛の妖とかちょー厄介じゃん。早くここから出ないと!」

蜘蛛の妖の名前を聞いてユフィは心底嫌そうな表情を浮かべた。
蜘蛛の妖は、子供の蜘蛛は人間の赤ちゃんくらいの大きさで、親蜘蛛は成人した人間と同じくらいの大きさを誇る妖で、その名の通り住み着いた家に巣を作る。
そしてそこにかかった人間や他種族の妖を食らって大きく成長していく。
糸の粘着力は強く、また子供の蜘蛛の数も並大抵の量ではない。
弱点は炎で、糸を燃やせばそれにくっついている蜘蛛も一緒に倒せて大した事がないように見えるが倒す時は一匹も残さずに倒す必要がある。
でなければ生き残りがまた巣を作って親蜘蛛になるという繰り返しになるからだ。
そんな事から蜘蛛の妖に取り憑かれた家は家ごと燃やさなければならないのがルールである。
また、蜘蛛の妖に取り憑かれた家は、蜘蛛を退治する為とはいえ家を燃やすという事からその代で潰えてしまうという不吉な言い伝えがある。
セブンは女性の心境を察して慎重に言葉を選びながら声を掛けた。

「・・・残念だがアンタの家は―――」
「分かっております。それに町の変化を解決出来ず、大事な町民を守れなかった家にどれだけの価値がございましょうか。
 蜘蛛の妖に取り憑かれたのも一重に天罰であると私は受け止めております」
「そうか・・・」
「蜘蛛は後でアタシたちが何とかするからさ。言い伝えなんて所詮は噂みたいなもんだし、落ち込まないでよ」
「ありがとうございます。その温かきお言葉、心に染み入ります」
「とりあえずこれからどーする?蜘蛛蹴散らして地下道から逃げる?」
「正面から行くよりはその方が手っ取り早いかもしれないな。キングとヴィンセントはどうだ?」
「賛成だ」
「右に同じく」
「決まり!さっさと地下道行ってここ出よう!アンタ、地下の道はどこ?」
「はい、地下への道は―――」

ドン!ドン!

「何だ?」

女性の言葉を遮るようにして天井を強い何かが叩いた。
その音を不審に思い、女性を抜いた四人は構える。

ドン!ドン!ドン!

音は段々と強くなっていく。
それに比例して内側から叩かれている天井は大きく撓んでいく。
そして―――

バキッメシッ・・・ガラガラガッシャーン!!

無理矢理木を叩き折る盛大な音と共に巨大な鬼蜘蛛が子供の鬼蜘蛛を引き連れて天井から落ちてきた。

「鬼蜘蛛!?」
「来るぞ!!」

ユフィは驚き、セブンは臨戦態勢に入る。
するとセブンの予想通り鬼蜘蛛は口から勢いよく大量の白い糸を噴き出してきた。
キングとセブンは左へ、ユフィとヴィンセントは右へと素早く避けた。
だが、ユフィが逃げた先の真上で子供の鬼蜘蛛が飛びかかる。

「ユフィ!」

気付いたヴィンセントが一足早くユフィを腕の中に閉じ込めてその勢いのまま隣の部屋へ転がった。

「怪我は?」
「へーき!それよりキングとセブンが!」

二人の安全を確認しようと元いた部屋に視線を向ける。
が、既に入り口は子供の鬼蜘蛛たちが糸を吐いて行く手を阻んでいた、
幾重にも重なっていく糸の所為で二人の姿はどんどん霞んでいく。
そして完全に見えなくなる直前で襖が大きな音を立てて強く閉まった。

「セブン!キング!!」

閉まった襖にユフィが飛びつくが襖はビクともしない。
まるで強い力によって押さえつけられているようだった。
しかし、その『強い力』の正体にユフィはハッと気付いて襖を開けようとする腕に力を入れるのを止めた。
この『強い力』は鬼蜘蛛の糸や妖気によるものではない、鬼蜘蛛にそんな力はない。
この力が使えるのは別の妖だ。
そう、例えば・・・

「鬼蜘蛛め・・・ほんに、食い意地の張った汚らしい奴よ・・・」

女性の只ならぬ雰囲気と物言いにユフィは素早く振り返って構える。
隣にいたヴィンセントは既に銃口を女性に向けていた。

「お前は・・・お前も妖か」

「今頃気付いたのかえ?じゃがそれも仕方なきこと・・・童は『肉』という『人形』に憑りついたからのぅ」

「死体に憑りついた悪霊・・・!」

所謂『呪いの人形』というのには二種類ある。
一つは長い年月の中で人形自身に魂が宿り、悪しき付喪神になるもの。
もう一つはこの世を彷徨う悪霊が新たな体を求めて人形に憑依するもの。
後者の質の悪い所は死んだ人間の体にも憑りつく事が出来るという点だ。
加えて人間に憑りつく事によって呪術を使えるようになってしまう。
襖が強い力で開かないのも、セブンに呪いをかけたのもこの妖の仕業だろう。
しかしながら死んだ人間に未練がなければ魂と肉体の癒着が出来ずに憑りつけないのだが、悪霊もバカではない。
理不尽に死んでしまった者、もう一度だけでいいから生き返りたい・生き返って欲しいと願う純粋な人間の心に付け入って憑りつくのだ。
だからそうなる前に死んでしまった人間はすぐに火葬してしまうのだが、どうやら体の持ち主である女性はそうはされなかったようである。

「悪霊とは人聞きの悪い。この屋敷の者共がこの娘の蘇生を祈った。だから童がその願いを叶えてやったのじゃ」

「てことは、その体の持ち主はもう―――」

「あぁ、死んでおるぞぇ。けれどこの屋敷の人間共が方々からこの娘の体を保存し、生き返るように祈りを捧げたのじゃ。
 加えてこの女もそれを望んでいてのぅ。そこで童がその願いを叶えて生き返ったように幻を見せてやったのじゃ。
 この屋敷の人間共はそれはたいそう喜んでこの女の復活を祝った。そして童が望めば何でも捧げた。『なんでも』な」

長い髪の隙間から覗く三日月のような笑みに恐怖と共に嫌悪が湧き出る。
人の心を踏みにじるだけでなく、弄んだ挙句に食い尽くしたのかと思うとユフィの怒りは頂点に達した。

「アンタ―――!」
「ユフィ、怒りで我を忘れるな。相手の思うツボだ」

興奮して暴走しそうになるユフィをヴィンセントが冷静に諫める。
やや勢いを削がれた気がしないでもないが、それでもヴィンセントの言う通りだ。
ユフィは深呼吸をして怒りを保ったまま、けれども周りがちゃんと見えるくらいの落ち着きを取り戻すように努めて大型の手裏剣を構えた。

「行くよ、ヴィンセント!」
「ああ」

向かってくる二人に人形は外見に似つかわしくない歪な笑い声を漏らした。
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