青の福袋

□浄めの旅(前編)
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案内された所はどこかの大きな町の長屋の一角。
しかし大きな町の割には人気はあまりなく、且つ活気も賑わいもない。
むしろ空気が重くて雰囲気は悪い。
この町は何かおかしいと訝し気に思いつつもユフィとヴィンセントはキングの後に続く。

「セブン!」

ガラッと勢いよく引き戸を引いてキングは中に入って行く。
首を伸ばして中の様子を伺うと―――銀色の短い髪の女性が魘されながら布団に横になっていた。

「助けて欲しい人ってこの人?」
「そうだ。俺と同じマザーの―――仙人アレシアの事だが―――子供だ。
 ここ最近、この町で人々が昏睡状態に陥るという謎の現象が起きていて俺たち二人はその調査に来ていたんだ。
 それで一時的にこの部屋を借りて寝泊りをしていたんだが、今朝起きたらセブンがこの状態になっていた」
「それで慌てて巫女を探しに来たと?」
「呪術を解けるなら誰でも良かったんだが偶然アンタたちが通りかかったという訳だ」
「なるほどな。ユフィ、出来るか?」
「あったり前よ!アタシを誰だと思ってんのさ!ただちょっと特殊な呪術だから解呪してる間は話しかけんなよ」
「分かった」

胡座をかいていたユフィは正座をして居住まいを正すとセブンに向かって両手を翳し、気を集中させて呪文を唱え始めた。
そしてそれに呼応するようにユフィの両手から青白い優しい光が放たれ、セブンに降り注がれていく。
これらの光景を目の当たりにして、実は半信半疑だったキングはユフィが本物の巫女であると信じ始めた。
巫女は呪術などを使うのに長けている。
勿論、その反対の術を使う事にも。
更に巫女の使う呪術は魔法とは異なり、母国の言葉が入り混じった複雑な呪文でもある。
であるからして、仙人アレシアの元で育ったキングでも今ユフィが唱えている呪文は初めて聞くものであった。

「本当に巫女だったんだな」
「信じていなかったのか?」
「正直に言うと半分な」
「フッ、まぁ無理もないだろう」
「どこの巫女だ?」
「ウータイだ」
「ウータイか・・・水神を奉る遥か東の国・・・そんな奴が何故こんな所に?」
「半分は家出、半分は・・・私の所為でもある」
「家出手伝いのついでに花嫁泥棒か?」
「いや・・・私は体内に妖を宿している。それも強力な妖を。
 ユフィはその妖を何とかしようとして水神の力を使い果たしてしまった。
 その結果、水神は眠りに就いてしまい、その事態を隠そうと逃げて来た訳だ」
「・・・色々大変だな。ところでアンタとユフィの関係は?護衛か何かか?」
「そんな上等なものではない。そうだな・・・相棒のようなもの、かもしれん」
「相棒か・・・」

呟いてみたものの、キングはどこかしっくりと来ていなかった。
しかしそれはヴィンセントも同じ事。
二人の関係は簡単なようで実は本人たちですらも曖昧な所がある。
いや、『曖昧』という言葉に逃げているのかもしれない。
ヴィンセントも、ユフィも・・・。

「解!」

カッと目を見開いて部屋いっぱいに木霊する勢いでユフィが最後の呪文を唱える。
ユフィから放たれていた青白い光は最後の呪文と共に弾け飛び、静かに消えた。
その様子を二人の男が静かに数分見守っていると、セブンの形の良い眉がピクリと動き、やがてゆっくりと瞼が開かれた。

「ぅ・・・ここは・・・?」
「セブン!」
「・・・キング?私は・・・この、人たちは・・・?」

自分に鞭を打って無理矢理起き上がろうとするセブンに「無理をするな」と言い放ってキングが気遣う。
しかしセブンは「大丈夫だ」と短く返すと改めてユフィとヴィンセントに視線を送って尋ねた。

「アンタたちは?」
「アタシはスーパー美少女巫女のユフィ!こっちは用心棒のヴィンセント」
「子守役のヴィンセントだ」
「こらっ!」
「巫女?どうして巫女がここに・・・?」
「そこのキングからアンタを助けて欲しいって言われて助けに来たんだよ。アンタ、悪夢の呪いかけられてたよ」
「悪夢の呪い?」
「起きる事も深く寝る事も出来ないでずーっと悪夢を見続けて苦しむ呪いだよ。
 結構強力な呪いだけど、ま、アタシにかかればらくしょーだね!」
「そうか、呪いか・・・言われてみればあまり気分の良くない夢を見ていた気がするな。助けてくれて感謝する、ありがとう」
「いいってことよ!」
「改めて私はセブン、こっちはキング。仙人アレシアの子供だ。私たちがここで何をしていたかはキングから聞いたか?」
「うん」
「なら今すぐここから離れるんだ。この町は何かおかしい。町の人間のようになる前に早くこの町から離れるんだ」
「な〜に言ってんのさ!様子のおかしい町があるってのにほっとける訳ないじゃん!アタシの正義の心が許さないよ!」

正義の心はあったのかとヴィンセントは少し驚く。

「おいこらヴィンセント、今失礼な事思っただろ」
「・・・話を続けろ」
「それに呪いを解けるアタシがいた方がアンタたちも心強いっしょ〜?
 アタシの持つリヴァイアサンは力を失って眠ってるけど呪いを寄せ付けない力は持ってるから敵の呪いなんてへーきだし」
「本当にいいのか?付き合わせても」
「もっちろん!!そ・の・か・わ・り」

ユフィはニヤリと笑うとセブンとの距離を少し詰めた。
直感で嫌な予感を察知したセブンだったが、彼女は人の頼みを断る事は愚か回避をする事が出来ない。

「アンタたち、仙人アレシアの子供なんでしょ?だったら仙人に頼んでヴィンセントの妖を浄化するように頼んでよ」
「ヴィンセントの妖?」
「そ。ヴィンセントは体内に厄介な妖を宿してるんだよ。
 それをどうにかしようとしてリヴァイアサンの力を使ったらこうなっちゃったんだけどさ」

苦笑いしながらユフィはリヴァイアサンのペンダントを手に取る。
神聖なる召喚獣は呪いから巫女を守り、また妖を一瞬にして消し去るほどの莫大な力を有しているのだが、その召喚獣であるリヴァイアサンがセブンの目から見ても明らかに力を失って静かに眠っていた。
召喚獣をも凌駕する力を持つ妖だが、仙人アレシアならば追い払う事も可能かもしれない。
しかし・・・

「悪いがそれは出来ない」
「はぁっ!?何でさ!!」
「私たちが頼んでもマザーが会ってくれるかどうか」
「そんなんアンタたちの方から上手く口効きしてよ!」
「会う会わないを最終的に決めるのはマザーだ。
 それに今までだって似たような頼み事をされてきたが結局マザーは誰とも会わなかった。
 マザーに会えるのはマザーと親交の深い人間か私たちくらいのものだ。
 まぁ、私たちは四霊の泉の管理が忙しくて中々会えないんだが」
「ちぇっ、期待して損した!!」
「だが四霊の泉巡りならきっと許可を貰える筈だ。
 ヴィンセントの妖を浄化出来るかは分からないが少なくともリヴァイアサンの力を取り戻させる事は出来る」
「でも―――」
「ユフィ」

ユフィの名前を呼ぶ声がユフィの言葉を遮る。
振り向けばヴィンセントは静かに首を横に振っていて、そしてユフィを見据えた。

「それ以上セブンを困らせるな」
「でもチャンスかもしれないんだよ!?」
「たとえチャンスだったとしても、私の為に誰かを困らせるような頼みを私は望まない。
 四霊の泉を巡ってリヴァイアサンの力を取り戻せるだけでも釣りが来るくらいだ」
「・・・ヴィンセントはそれでいいのかよ」
「ああ」
「アタシはよくない!」

強く言い切るとユフィは立ち上がって風のように長屋から出て行った。

「おい、迂闊に外に出るな!」

続いてキングが立ち上がり、風と共に走り去ったユフィを追いかける。
しかしそれはユフィを心配するだけではなく、先程の会話が原因で追いかけられないでいるヴィンセントの代わりも含まれていた。
後に残されたセブンはまるで嵐が去ったような心地でいたが、すぐにヴィンセントの方に視線を向けた。

「追いかけなくていいのか」
「ユフィは戦う力をちゃんと持っている。それにそんな遠くには行かない筈だ。
 カッとなって勢いで飛び出しただけですぐに戻って来るだろう」
「よく知っているんだな」
「・・・それなりに長い付き合いだからな」
「時間だけの話じゃないだろう?お互いにお互いの事をよく見てるから分かるんじゃないのか」
「それなりの長い付き合いであれば嫌でも互いをよく見る」
「“嫌でも”なんて風には見えないがな」
「・・・君は鋭いな」

参った、という風にヴィンセントが白旗を上げるとセブンは「そうか?」と言って首を傾げる。

「このくらいは誰でも気付くだろう?」
「どうだろうな・・・それよりも先程はユフィが困らせてすまなかった」
「いいよ、気にしてない。怒って飛び出す程アンタの事が大切だっていう証拠だ。良かったじゃないか」

セブンが含みのある笑みをヴィンセントに向ける。
それが意味するものを察して小さく息を吐くとヴィンセントは「そんな関係ではない」と小さく否定した。

「私もユフィも君の思うような関係ではない」
「じゃあこれからなるのか?」
「たとえ互いにそういう気持ちがあったとしても私たちはそういう関係になってはいけない。特に私とは・・・」
「そういえばアンタとユフィはどういう関係なんだ?どういう経緯で知り合ったんだ?」

聞かれてヴィンセントは一度息をつくと伏し目がちになりながら語り始めた。

「今から三十年前・・・私はある男に嵌められて凶悪な妖の封印を解いてしまい、この身に宿す事となった。
 宿した妖は全部で四体。そのうちの三体は飼い慣らす事が出来たが最後の一体のカオスは今でも上手く制御出来ずにいる」
「カオス・・・聞いた事があるな」

同じく四霊の泉を管理している兄弟の中でこの世のありとあらゆる物事について知識を蓄えている者がいる。
聞いてもいないのに垂れ流される蘊蓄を右から左へ流すか強引に打ち切るのが暗黙の了解だが、その中で確かカオスの話をしていたように思う。
カオスは太古の昔に複数の国の巫女たちの力を集結させて封印したとかなんとか。
朧げな記憶である為、セブンはカオスについて言及しないままヴィンセントに話の続きを促した。

「それで?」
「カオスは暴走すると誰かれ構わず襲い掛かって傷つける。
 それを恐れた私は遠い山奥の廃寺の奥深くに引きこもって世界が終わる日を待った。カオスは不老不死の力を持っているからな。
 いつ終わるかも分からない悪夢の毎日をただぼんやりと生きていたある日、ユフィが現れた。
 ユフィは噂で私の事を聞きつけたらしく、面白半分で見に来たらしい。
 そして事情を話すと『自分がなんとかするからアンタも自分に協力しろ』と言ってきた」
「それがきっかけか?」
「そうだ」
「ちなみに協力っていうのは?」
「見合いが嫌だからしばらく修行の旅という名の逃亡に付き合え、だそうだ」
「なるほど、家出娘という訳か。まぁ確かにそういうのを好むような感じではなさそうだしな。
 ユフィを悪く言う訳ではないがよく協力する気になったな」
「私自身、今でも不思議だ。ユフィは巫女であるとは言えまだまだ未熟でどうにかなる筈がないのについて行こうなどと・・・。
 逆にユフィはユフィで、時々カオスが暴走して迷惑をかけているというのに私から離れようとしない。何故だろうな」
「そんなの私に聞かなくても――ー」

「セブン!今すぐ外に出ろ!」

キングの緊迫した声にセブンもヴィンセントも弾かれたように扉の方を振り返った。
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