青の福袋

□帝王と砂浜で
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最初に感じたのは風だった。
駆け抜ける時に受けるような風。
でも自分は走っていない、目を瞑って眠っている。
それなのに風を受けているという事は誰かに動かされているという事。
体勢から考えてお姫様抱っこをされているのだと思う。

(ドッキリしようとしてんのかな?)

ユフィは同居している恋人のヴィンセントを思い浮かべた。
いつもの彼ならば寝かせたまま寝顔を眺めているかベッドを抜け出して朝食の準備をしてくれているかのどっちかだが今日は一体どういう風の吹き回しだろうか。

(ていうか昨日から任務に行ってなかったっけ?)

明け方に帰って来たのだろうか?
少し気になって薄く目を開くと、逞しい筋肉と白い肌が目に飛び込んで来た。

(ん?肌?)

ヴィンセントはあまり肌を露出しない。
それこそ熱い夜を過ごした後の朝以外は―――。

「あれ?昨日したっけ?」
「何をだ?」
「うぎゃぁ!?ヴァイス!!?」

降ってきた声に驚いて顔を上げれば、見えた顔にもっと驚いて叫び声を上げた。
とんだ寝起きドッキリである。
しかもあの帝王ヴァイスが起き抜けに自分をお姫様抱っこしてどこかに連れて行こうとしているのだから尚更心臓に悪い。
身の危険を感じたユフィはとにかくヴァイスの腕の中で暴れた。

「は〜な〜せ〜!どこに連れて行くつもりだ〜!!」
「安心しろ、海に行くだけだ」
「はぁっ!?海!?お前一人で行けよ!それか大好きな大好きな弟と行けよ!!」
「ネロは今風邪を引いて寝込んでいる。その見舞いとして海で土産となる物を見繕うのを手伝ってもらう」
「テキトーに砂でも持って帰れば?」
「お前は砂を貰って喜ぶのか?」
「別に。ただアンタの弟はたとえ砂でも喜ぶんじゃないの?」
「ふむ・・・ならば血の海で溢れ返ったコスタの海の水と真っ赤な砂を土産に持って帰るか」
「オイふざけんな!」
「ならば真面目に考えろ」
「はいはい分かりましたー!考えてやるからコスタの海には行くなよ!」
「いいだろう」

とりあえずコスタの平和は守られた。
しかし折角の休みだというのにとんだ一日になりそうだとユフィはヴァイスに隠れて小さく溜息を吐いた。








辿り着いた海はユフィの心中とは裏腹に穏やかに波を打っていた。
波打ち際に降ろされたものだからヴァイスもユフィも素足に冷たい海の水が当たる。
緩やかな波は足に心地良く、どこかくすぐったい。
波の音が静かに揺蕩うこの名も無き海岸にいる人間はユフィとヴァイスの二人だけだ。

「ほう、これが海か」
「アンタ、海は初めてなの?」
「知識としては知っていたが実物を見るのは初めてだ」
「ふーん」

ヴァイスはしばらく波を眺めた後、徐に寄せてくる波に向かって波を蹴り返した。
それで相殺される筈もなく波はヴァイスの蹴った波を凌駕してヴァイスの足の甲を覆う。
しかしそれが楽しくなってきたのか、ヴァイスはまるで子供のようにパチャパチャと波を蹴り返し始めた。

「見ろ、ユフィ。波がずっと打ち返してくるぞ」

子供のようにはしゃいで笑うヴァイスにユフィは、こんな奴でもこんな顔するんだ、と心の中で少し意外に思った。
世界殺戮計画なんて企てなければただの明るい兄ちゃんなのに。

「ん?これは何だ?虫みたいなのが入ってるぞ」
「それヤドカリ。虫がへーきならそれが土産でいいんじゃない?」
「ふむ・・・候補に入れるとしよう。他には何かないのか?」
「んー、そこに桜貝とか普通の貝殻とかあるよ」
「サンゴはないのか?」
「サンゴは深い所にあるけど触っちゃダメ。桜の木を折っちゃいけないのと同じくらいダメ」
「ならば沈没船はどうだ?」
「それは深海レベルじゃないとないかな〜。それ以前にあるかどうか・・・つか、見つけてどーすんの?」
「今度ネロを連れてくる。それか沈没船の財宝を持って帰る」
「その財宝アタシにも寄越せ!情報提供代として!」
「お前が俺の女になったら考えてやろう」
「誰がなるか!!ていうかもう満足した?その辺の貝殻拾ってさっさと帰れ」
「そう冷たくするな。それにまだ用は終わっていない」
「今度は何だよ」
「浜辺で追いかけっこというものをしてみたい」
「ベタだね〜。ていうか古っ。なんでしたい訳?」
「この間ドラマでやっているのを見かけて面白そうだったからだ」

ドラマに影響を受ける帝王・・・そう思ってユフィは少々複雑な気持ちになった。

「さて、始めるとしよう」
「ちょっと待て!アタシはまだやるなんて言ってないぞ!」
「強制参加だ、本気でやれ。でなければ裸で浜辺を走る事になるぞ」
「何をする気だよ!!?」

ユフィは一歩後退ってからすぐに踵を返して全力で走り始めた。
後ろからやや手加減をしてヴァイスが追いかけてくる。
朝日が差し込み、宝石のように輝く海を背景に追いかけっこをする男女というのは中々絵になる光景だが如何せん内容が内容だ。
殺戮計画を企てる帝王に追いかけらて捕まれば脱がされてしまう。
全力で逃げないでどうしろというのか。
しかし足場が砂なので時折踏み外したり転んでしまいそうになる。

「何か雰囲気の出るセリフを言え」
「こっちくんな〜!」
「失格だ」

一瞬でヴァイスはユフィの横に並ぶと思いっきり海の中へ突き飛ばした。
バシャーン!とまるで漫画のような盛大な音を立ててユフィは海に突っ込んでしまう。
そしてすぐに起き上がって軽く顔を左右に振りながら水を払い、それから海の水を吐き出して怒鳴った。

「ぺっぺっ・・・何すんだよ急に〜!」
「雰囲気のあるセリフを言わなかった罰だ」
「雰囲気のあるセリフって何だよ?」
「『私を捕まえてみてごらんなさい』とかだ」
「だから古いっての・・・いつの時代の話だよ」
「最近昔のドラマにハマっている」
「それかよ・・・」
「ところで海の水はやはりしょっぱいのか?」
「しょっぱいよ。なんなら舐めてみれば?」

半分冗談で言っただけなのだが、ヴァイスは「どれ」と呟いて海に指先を浸しすとそれをペロリと軽く舐めた。
そいて「ペッ」とすぐに吐き出した。

「噂通りしょっぱいな。しかも不味い」
「味見するって・・・アンタ子供かよ」
「何事も経験だ。それに自然に触れるのは楽しいからな」

ヴァイスの口から穏やかな意味での『楽しい』という言葉を聞いてユフィはまた少し考える。
このヴァイスという男が普通の世界に生れ落ちていたなら一体どんな人間になっていたのだろうかと。
弟思いの喧嘩が強いヤンキーか、それとも腕っぷしに自信のある頼れる兄貴肌か。
どちらにせよ、今ほど悪い奴にはなっていなかっただろう。
なんとも勿体ない話である。
今からでも性格更生をして・・・

「おい、おかしな事を考えてないか?」
「まっさか〜・・・」
「こっちを見ろ」
「やーだ」

子供のように返しながらユフィは尚も目を逸らす。
そんな態度のユフィをヴァイスは無理矢理立たせると肩を掴んだ。

「こっちを見ろ、ユフィ」
「や〜だよっ」
「今考えている事を教えないと後が怖いぞ?」
「怖くなんかいないもんね〜だ!」

ユフィはヴァイスの手を振り払うとまた走り出した。
しかしその走り方は穏やかなもので、ヴァイスの脅威から逃げようとするものではない。
また、追いかける側であるヴァイスの追いかけ方も物騒なオーラは出ていなかった。

「逃がさんぞユフィ!」
「捕まらないよ〜だ!って、うわぁっ!?」

砂に足を取られてユフィは躓く。
大きく体勢を崩して目の前に近づいて来るのは海の水とそれに濡れた砂。
このままでは海の水と砂に塗れてしまう。
不味い!と思って目を強く閉じて備えると―――

「・・・あれ?」

海に突っ伏す衝撃はいつまでたってもこなかった。
それどころか逞しい何かに抱き留められているような心地が・・・。

「漸く見つけた、ユフィ」
「ヴィンセント!」

見上げると紅い瞳がユフィを捉えて安心したように細められた。
ユフィもユフィで己の鼻腔を満たす硝煙の香りに頬を緩ませて強く抱き着く。
恋しくて堪らなかったヴィンセントだ。
しかし彼の登場に純白の帝王は勿論面白くない訳で。

「チッ、もう追いついたか」
「私が任務に出掛けている間にユフィを誘拐するとはいい度胸だな」
「お前がいない寂しさを埋めてやろうとしただけだ」
「だからと言ってお前は必要ない。今すぐ失せるか死ぬかどちらか決めろ」
「この場でこのままお前を始末したい所だがネロが待っている。だから今日の所は見逃してやろう」
「それはこちらのセリフだ」
「じゃぁなユフィ、またデートに誘ってやるからな」
「二度とごめんだっての!ていうか今回のもデートじゃないし!」
「フッ、照れるな」

ヴァイスは涼しく笑うと一瞬にして姿を消してその場を立ち去った。
後に残されたユフィとヴィンセントだが、ユフィの方は少しだけ気まずかった。

「あの・・・ごめん」
「謝る理由は何だ?」
「ヴァイスとちょっとだけ楽しくしてた」
「そうだ。開放的な空間で少し気が緩んだのかもしれないが油断はするな」
「うん・・・」
「とにかく・・・無事で良かった」

安心したように息を吐いて、ヴィンセントはもう一度ユフィをふわりと抱きしめた。
その様子からどれだけユフィを心配していたのかが窺い知れる。
その気持ちが痛い程嬉しいだけにヴァイスと遊んだ事にちょっとした罪悪感を覚える。
なるべく塩対応をしていたつもりだが、なんか気付いたら友達と遊んでいる気分になったのだ。

(アイツがまともな奴だったら友達くらいにはなれてたかもなぁ)

「ユフィ?」
「へ?何?」
「帰るぞ」
「うん」

ヴィンセントの首に腕を巻き付けて抱っこのおねだり。
別に疲れてる訳じゃないけど靴を履いてないからどのみちそのままで帰れる筈もないし。
一つ苦笑を漏らすとヴィンセントは優しくユフィを抱き上げて帰路を辿り始めた。

「帰ったら風呂に入れ」
「うん。びしょびしょだしね」
「・・・私も一緒に入るからな」
「おろ〜?ヴィンセントってばヤキモチか〜?」
「点検だ」

耳元で囁かれる言葉にゾクリと背を震わせ、期待に胸を膨らませながらユフィはより一層ヴィンセントに抱きつくのであった。











END
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