青の福袋

□蝶と犬
2ページ/3ページ

「・・・いいよ、相手してあげる。ブラックジャックでいいよね?」
「ああ」
「はい、じゃあカードをどーぞ」

冗談っぽく言って少女はカードを配る。
とても呑気に聞こえるがこれが少女のペースなのだろう。
そのペースに巻き込まれないようにヴィンセントは落ち着いて勝負に挑んだ。

「それじゃ、ゲームスタート!」

少女の開始の合図と共にゲームが始まる。
挑んでみて改めて分かったのは、やはり少女は強い。
運もあるが、しっかり引き際を見極め、計算をしてカードを引くか引かないかを決めている。
加えて少女の決断は早い。
どうするかを決めるとすぐに余裕の態度を表に出して参加者が意思決定するのを待っている。
この決断の早さと余裕の態度が参加者の焦りを煽っているのも計算済みだろう。
時々悩んでいる姿を見せる事もあるがそれは恐らく参加者を楽しませる為のパフォーマンス。
つまり、考えている姿を見せれば参加者が安心して余裕を持ち、ゲームに挑めるようにしてるのだ。
何から何まで計算尽くな少女に、確かに依頼人が欲しがるのも頷ける。
組織に加わればこの手の駆け引きが起きた時に少女は間違いなく戦力となるだろう。
最後のゲーム、周りが固唾を飲んで見守る中、ヴィンセントはそう確信した。

「それじゃ、オープン!」

少女に促されて互いにカードを見せ合う。
少女のカードの合計の数字は20。
ヴィンセントのカードの合計の数字は―――21。

「ゲームセットだ」

瞬間、施設内に驚きと感嘆と歓声が広がるり、笛や拍手の音が絶え間なく響く。
そんな中、ヴィンセントはただ静かに少女の黒曜石のような瞳を見つめるのだった。












「招いてくれたこと、感謝する」

カジノのVIPルーム。
ゲームが終わってしばらくした後、ヴィンセントは伝言係の男に呼ばれてVIPルームに訪れていた。
最も、呼ばれたというよりは呼ばせた、という方が正しいが。

「なーにが感謝する、だよ。呼ばせたのはそっちだろ」

一枚のトランプをひらひらと手で弄びながら少女は呆れたように言い捨てる。
手に持たれているトランプの表面に数字や柄はなく、真っ白なその面にヴィンセントの字で『話がある』とだけ書かれていた。
少女としては本当は断る事も出来たのだが、先程のゲームで何かを感じたらしく、こうしてヴィンセントを部屋に招待したという訳だ。

「それで?アタシに何の用?」
「その前に・・・」

ヴィンセントは部屋の中をグルリと見回し、怪しいと思う部分を徹底的に調べ始めた。
最初はその行動にきょとんとしていたユフィだったが、すぐにピンときて小さく笑った。

「あはは、心配しなくても盗聴器とかはないよ」
「自分の目で確かめなければ信用は出来ん」
「ふ〜ん、用心深いんだね。って事は聞かれたくない話なんだ?」
「他に何がある?」
「お前の事が好きだ〜!って言って迫るとか。アタシってばマショーの女だからね!」
「『マショー』・・・『魔性』か・・・フッ」
「あ!今笑ったな〜!?」
「ところで魔性の小娘とやら」
「おいコラ!ふざけてると追い出すぞ!!」
「ブラックキャットという組織を知っているか?」
「ブラックキャット?あぁ、あの裏社会の『新しい秩序』って言われてる組織?それがどうかしたの?」
「私はそこの局長に依頼されてお前を引き抜きに来た」
「へ〜、アタシをねぇ」

明かされたヴィンセントの目的にしかし少女はどこか他人事のように言葉を返す。
ヴィンセントの目的は少女の引き抜きで、それを依頼したのがヴィンセントの所属する組織の局長だった訳だが、少女からしてみれば、だからどうした、という事になる。
それにヴィンセントは簡単に『引き抜き』とは言ったが、それが出来るほど裏の世界は簡単ではない。
それなりのリスクが伴うのだ。

「アタシがそこに入るメリットって何?」
「少なくともここよりはマシだろう?」
「どこに行ったって襲われる危機は変わらないでしょ」
「ここよりは確率は低くなると思うが」
「どーだか」

少女が現在所属しているハニーハウスという裏カジノは、ドン・コルネオという金と何よりも女が大好きなスケベオヤジが経営している。
その為少女もドン・コルネオのターゲットにされているのだ。

「多少人使いは荒いが暴れさせてくれる仕事もくれる。勿論報酬もそれに見合ったものだ」
「・・・何のハナシ」
「私が気付いていないとでも思ったか?」

ヴィンセントは少女に歩み寄るとドレスの上から少女の太腿に触れた。
普通であれば柔らかい手触りがする筈がとても固い物が布越しに伝わる。
布の上から分かる形からしてクナイのようだ。
少女はバツの悪そうな表情を浮かべるとヴィンセントを睨みながら言った。

「・・・変態」
「お前が白を切るからだ」
「でもアタシの事をロクに知らない奴らに『ウチ来ない?』って言われてもな〜」
「・・・ユフィ=キサラギ。年齢は19.出身はウータイ。好きな動物は猫。スリーサイズは―――」
「うわぁああああああああああ!!それ以上言うなぁあああああああああああ!!!」
「ロクに知らない、と言われたから持っている情報を公開したまでだ」
「スリーサイズまでは公開すんな!!」
「そこまで調べているという事だ」
「何なのアンタ!?すっごいムカつくんですけど!?」

少女―――ユフィは怒りを顕にして抗議するがヴィンセントにはどこ吹く風、ユフィの怒りなど意に介さずに続ける。

「気は変わったか?」
「こんなんで気が変わるかっつーの!大体アンタも組織を抜けるのがどれだけ難しいか知ってるだろ?
 まさかそれすらも知らない馬鹿『犬』って言わないだろーなー?」

『犬』という言葉にヴィンセントは僅かに眉を動かす。
裏の世界で『地獄の番犬』と呼ばれているヴィンセントの事を指して言っているのは間違いないだろう。
偶然なんてのは有り得ない。
ヴィンセントはそこを追及した。

「・・・お前も私の事を知っているのだな」
「当たり前だろー?『地獄の番犬・ヴィンセント=ヴァレンタイン』は普通に有名だし、知らない方がおかしいっての」
「お前もそれなりに有名だがな」
「ホント!?アタシなんて呼ばれてる?」
「泥棒猫」
「今すぐ帰れ!」
「事実を言ったまでだ」
「シツレーしちゃうなぁもう!」
「話は戻るが来る気はないのか」
「どーしよっかな〜」
「少なくともお前が思っているような事は起きない。よっぽどの裏切りを起こさなければな」
「ちゃんとアタシを無事に組織に入れること出来んの?」
「それは返事として受け取っていいんだな?」
「出来ないんだったら答えはノーだよ。アタシだって自分が可愛いんだ」
「そう思う事は悪い事ではない、当たり前の事だ。だが保障しよう。その為に私がこうしてお前を迎えに来た」
「ふ〜ん、ただ勧誘しに来た訳じゃないんだ?」
「新聞の勧誘とでも思ってたのか?」
「FAXで送られてくる広告程度だと思ってたよ」

ニヤリとユフィは口角を上げた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ