青の福袋

□蝶と犬
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カジノ・ハニーハウス。
夜の闇にボンヤリと浮かんでは蝶や蛾を引きつける巨大な闇の賭博施設。
今宵も多くの人間が闇に魅入られ、闇に溺れ、闇に溶ける。

「・・・」

そんな闇と欲望が蠢くカジノの入り口を少し離れたところで静かに見上げる男がいた。
男の名はヴィンセント・ヴァレンタイン。
とある者の依頼を受け、こうしてカジノに訪れた闇の住人の一人。
彼は端整な顔立ちと物静かな外見とは裏腹に闇の世界では『地獄の番犬』と囁かれている程の凶悪性を秘めている。

「・・・行くか」

一人呟き、黒のスーツと同じ黒の帽子を目深に被って一つに結った長い黒髪を揺らしながら静かに入口へと歩き出した。








酒やタバコの臭いが支配するカジノ施設内。
金持ちや成金、見るからに貧民の人間がチップを握りしめて賭博に興ずる。
その中でヴィンセントはバーカウンターに背を向けて寄りかかり、ちびちびと酒を煽っていた。

「ねぇ、遊ばないの?」

隣で同じようにバーカウンターに向かって上品に酒を煽る女性が尋ねてくる、

「・・・まだその時ではない」
「勝利の女神様ってやつ?彼女は気紛れだからいつ行っても同じだと思うけど」
「・・・それでもまだだ」
「堅実な人なのね。でも女神様よりももっとスリリングな遊びを提供してくれる女がいるんだけどどうかしら?」
「悪いが―――」

「断る」と言いかけた所で突然施設内が沸き立ち、大きな拍手が響き渡った。


おでましだな―――・・・。


ヴィンセントはグラスをカウンターに置くと賑わっているものの中心へと足を運んだ。

「残念。貴方も“彼女”が目当てなのね」

女はつまらなそうに息を吐くと残りの酒を一気に飲み干すのだった。



さて、拍手の中心、ヴィンセントの目的なるもの。
それは上等で大きなテーブルの前に立つ一人の少女だった。
少女はディーラーで露出度高めの水色のドレスを身に纏い、白い羽の付いた黒のマスクで顔を隠していた。

「みんな、沢山賭けてってネ?」

悪戯っぽく微笑むと少女はパチンと指を鳴らし、片方の掌の上にトランプを出現させた。
手品の一種だろうそれに感嘆の声が僅かに上がるがそれだけでは終わらない。
少女は見事な手捌きで華麗にトランプをシャッフルし、まるで手足のようにそれを踊らせた。
トランプは少女の右手から左手へ、左手から右手へアーチを作るように流れたり、お手玉のようにパラパラと流れていった。
そうして流れていく中で少女はカードを指で弾き飛ばし、テーブルの前に立つ参加者たちにカードを配っていく。
カードが配り終わると歓声と拍手が上がり、少女は丁寧にお辞儀をした。

「今夜のゲームはブラックジャックだよ。アタシに勝てるかな〜?」

小さな唇で紡がれる挑発の言葉は対戦者の闘争心を煽る。
煽られた者は多額のチップを、冷静な者は適当な額のチップをそれぞれ賭けて勝負に挑む。
その光景に少女は愉しそうに口元を歪ませた。

「それじゃ、ゲームスタート!」

場に似つかわしくない活発な声は、しかしそれすらも挑発となる。
少女の余裕の態度は癇に障るものの、それは裏を返せばそれだけの勝てる自信があるということ。
対戦者たちは慎重になって己のカードと少女のカードを観察してヒットをするかスタンドをするか考え込む。
そんな熟考する対戦者たちを少女は面白そうに眺め、少女をヴィンセントは静かに見つめる。
それからのゲームは中々に面白いものだった。
少女の提示する札はどれも21か20や19などといったものが多く、絶妙に勝てる者もいれば勝てない者もいた。
チップを持っていかれて降ろされる者、引き際を弁えて降りる者が続出する中、己の運に任せてゲームを続行する男が一人だけ残る。
その目は勝機に満ちており、絶対の自身が宿っていた。
なんとか生き残って獲得したチップの山がそうさせるのだろう。
男は鼻息を荒くしながらゲームを促す。

「へへ、さぁ勝負をつけようぜ?」
「もうちょっと考えた方がいいんじゃな〜い?」
「いいや、これでいい!つべこべ言わずゲームを始めようぜ!」
「しょうがないな〜・・・―――はい」

勝利を確信した笑みで促して来る男に対し、少女はあっさりと己の札を開いた。
少女の札の合計の数字は21.
対する男の数字は―――20。

「ざ〜んねん」

ペロリと小さくを舌を出して敗北宣言を言い渡す少女。

「ぬぁああああああああ!!」

男は盛大に叫んでテーブルに突っ伏すと共にチップのタワーを崩した。
少女の勝利に周りは「おお」と声を上げ、少女に向けて拍手を送る。

「エヘッ!どーもー!」
「テメー・・・イカサマしただろ・・・」
「はぁ?言い掛かりはやめてくんない?それにアタシは忠告したよ。もう少し考えなって。お客さんの自己責任だよ」
「黙りやがれ!!ディーラーなんだから客を楽しませるのが筋ってもんだろ!!」
「楽しませたよ?アンタを使って周りのお客さんをね」
「勝ったからって良い気になりやがて・・・今すぐここでぶち犯して―――」
「次は私が勝負するとしよう」

激怒してテーブルに乗りかかろうとした男をヴィンセントは滑らかに受け流して文字通り放り投げた。
男がいとも簡単に放り投げられた事について周りも少女も、そして男自身も驚きに言葉を失う。
体格的に言えば男の方が大きく、また体重的にも腕力的にも勝っているのだが、ヴィンセントはそれをものともせずにまるでゴミクズを投げるようにして放り投げたのだ。
対するヴィンセントの体格はやや痩せ気味で男を放り投げられそうな腕力もなさそうなのにだ、驚かない方が無理がある。
しかしそんな驚きの中、最初に動き出したのは少女だった。
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