赤の福袋

□WROは今日も平和です
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本日のユフィとヴィンセントは夜勤という事で夜にWROに出勤していた。
これはその一コマである。

「知ってますか、ユフィ。このWROにまつわる怖い噂を」
「怖い噂?」

休憩室でりんごジュースを飲んでいたユフィはミルクコーヒーを飲んでいるシェルクと話し込んでいた。
ミルクコーヒーの甘い香りがユフィの鼻腔をくすぐり、りんごジュースのさっぱりとした甘さがユフィの疲れを癒やす。

「どうも夜中の0時を過ぎた頃にどこからかすすり泣く女の声が聞こえてくるそうですよ
 それから『許して』とか『ごめんなさい』などの許しを請う声が聞こえるとかなんとか」
「すすり泣く女の声?自殺したとかそんなん?でもWROが出来てからそんな事件あったなんて聞かないけど?」
「このWROが出来るよりはるか昔にある女性がこの土地で悲惨な死を遂げたらしいですよ」
「ふ〜ん。それが何で今頃?って感じで嘘くさ〜」
「私も嘘だとは思うのですが一緒に検証してみませんか?」
「え〜?アタシはいいよ」
「・・・そんな事言って、本当は怖いんじゃないですか?」

図星を突かれてユフィは危うくりんごジュースを吹き出しそうになり、それをなんとか堪えたものの、喉に変に引っかかって大きくむせた。
そんなユフィの背中をヴィンセントがトントントン、と優しく叩いて調子を整えてあげる。
ユフィは何回か咳き込んだ後、シェルクを睨んだ。

「こここここ怖い訳無いじゃん!何言ってんのさ!?」
「では一緒に検証をしましょう」
「あ・・・アタシ、今日は忙しいから・・・」
「簡単な書類整理だけですよね?」
「うぐっ・・・な、なんか手伝う事あるよねヴィンセント!?」
「・・・今日はないな」
「薄情者ー!!」
「では早速―――」
「あ、あー!そーだ!アタシこれからシャワー浴びなきゃだったんだー!
 夜でも蒸し暑くてここに来るまでの間に汗かいちゃったんだよねー!
 もー汗でべとべとしてて気持ち悪いから早く浴びてこなきゃー!!」

ユフィは態とらしく演技めいた言葉を並び立てるとシェルクの制止も聞かずに休憩室から出て行ってしまった。

「あ、行ってしまいました」
「ユフィをからかうのも程々にしてやれ」

苦笑しながらヴィンセントも立ち上がってユフィに続いて退室する。
残されたシェルクはやや残念そうにしながら姉のシャルアの方を向く。

「隊員の勧誘に失敗してしまいました」
「しょうがない、私達二人で検証するとしよう」
「はい」

そんな訳でここに二人の検証チームが結成されるのであった。






場面は変わってシャワー室前。
ユフィは壁に背中を付けてそわそわしながら左右を何回も見ていた。
今の所、ここに来る人影はない。
女性用シャワー室は明かりが落ちていて誰もいない事を伝えている。
男性用シャワー室は電気が点いているが多分、中にいるのは一人だけの筈。
そしてその一人がシャワー室に他の人間がいないか確かめてくれている。
その一人というのは―――

「ユフィ、入れ」

ドアを開けて中から顔を出すヴィンセント。
そう、この男こそがシャワー室に他の人間がいないか確認していた人物だ。
ユフィは念の為、最後にもう一度左右を確認するとヴィンセントに招かれるままに男性用シャワー室に入って行った。

「全くもう!可愛い可愛い恋人が助け求めてたってのに見捨てるなんて有り得ないんですけどー?」
「自力で脱出しただろう」
「ヴィンセントが助けてくれないからじゃん。今日はサービスしてやらないぞっ」
「嫌でもサービスしたくなるようにするまでだ」

互いに着替えてタオル一枚になった所でヴィンセントはユフィの手を握る。
ヴィンセントからの挑戦にユフィは受けて立つといったような勝ち気な笑みを浮かべるとシャワー室の電気を消した。







また場面は変わって午前0時のシャワー室近く。
ルーイ姉妹はICレコーダーを持って検証をしていた。

「噂によるとシャワー室辺りで聞こえるらしいな」
「ええ。でもたまにしか聞こえないらしいですよ。今日は聞こえるといいんですが」
「よし、まずは女性用シャワー室から入るぞ」
「了解です」

シェルクは敬礼のポーズを取ると女性用シャワー室の扉の前に立ち、静かに扉を押し開いた。
シャワー室の中は電気が降りて真っ暗になっており、神経を集中するまでもなく人の気配はなかった。
耳を澄ませても聞こえてくるのは数秒の間を置いてポタリと落ちる雫の音のみ。
噂のすすり泣く女の声なんかちっとも聞こえない。

「ここは違うみたいですね」
「そうだな。それか今日も聞こえないっていうオチか」
「念の為、男性用シャワー室も覗いてみますか?電気が点いてなかったので誰もいないと思うのですが」
「よし、行ってみようか」

誰もいないとなればこっちのもの。
姉妹は揃って女性用シャワー室を出ると今度は男性用シャワー室の前に来た。
しかし男性にあまり興味がない二人と言えどやはり女。
少しは躊躇ってしまうというもの」

「内装は女性用シャワー室と変わらないんですよね?」
「その筈だ」
「・・・なんかドキドキしますね」
「男にとって女性専用ルームが未知であるように女にとって男性専用ルームもまた未知の世界だからな」
「では、一緒に開けましょうか」
「ああ、いいぞ」

シャルアはにやりと笑うとシェルクと一緒にドアの把手に手をかけて押し開いた。
すると―――

「・・・なさい・・・ごめ・・・さい・・・」

「「っ!!」」

微かな女性の声が奥の方から聞こえてきた。
二人は目を見合わせて驚き、シェルクはすぐに持っていたICレコーダーを起動させて録音を開始した。
同時に二人は耳を澄まし、女の声に集中する。

「ごめん・・・な、さい・・・・・・ごめん・・・なさい・・・・・・ゆる・・・して・・・」

(これが噂のすすり泣く女の声・・・しかし何故男性用シャワー室?)
(たまたま死んだ場所に男性用シャワー室が出来ただけか?それとも男の影を追ってここに現れてるのか?)

「おや、シャルアさんにシェルクさん。こんな所で何をしているんですか?」

二人が考えを巡らせていると不意に背後から声をかけられた。
振り向けば予想通り、WROの局長であるリーブが不思議そうな表情を浮かべてそこに佇んでいた。

「局長、お疲れ様です。これはちょっとした検証みたいなものです」
「そんなキリッとした真顔で答えられても困りますよ、シャルアさん。一体何の検証ですか?」
「最近噂の女のすすり泣く声をというものを検証しているんです。何でもシャワー室辺りから聞こえるとかなんとか」
「女のすすり泣く声ですか・・・今日は聞こえましたか?」
「聞こえました。その証拠に・・・」

シャルアはリーブにシャワー室に頭を入れて耳を澄ますように促した。
しかし耳を澄ましても聞こえてくるのは雫の滴る音だけだった。

「何も聞こえてきませんよ」
「もしかしたら人の気配を察知して消えてしまったのかもしれません。でも本当に聞こえたんですよ。ねぇ、お姉ちゃん?」
「ああ、微かにだが確かにこの耳で聞いたぞ。なんなら録音だってしたもんな」
「録音をしただなんて勇気がありますねぇ。ちょっと興味があるので聞かせてもらっても宜しいですか?」
「勿論です。私達の研究室で聞きましょう」

リーブという新たな隊員を加えてルーイ姉妹は研究室に移動するのであった。





そして翌日の休憩時間。
シェルクは昨夜の検証についてユフィとヴィンセントに報告をしていた。

「聞いて驚けです。なんと昨日、すすり泣く女の幽霊の声の録音に成功しました」
「へ、へー、いたんだ?」
「はい、それも男性用シャワー室に」
「え」
「私とお姉ちゃんとリーブ・トゥエスティで話し合った結果、恐らくは男の影を追って男性用シャワー室に出たのだと思います。
 ちなみにこれがその証拠の録音データです。心して聞いて下さい」
「ちょっ、まっ」

ユフィが止めようとする前にシェルクは再生ボタンを押して音声を流し始める。
そこから流れてくるものにユフィは顔を茹でダコのように真っ赤にせざるを得なかった。

『ごめ・・・さ、い・・・ごめん・・・なさい・・・ご・・・め・・んっなさいっ・・・ゆる、して・・・』

「・・・!!!」
「きっとこの女性は男性から酷い仕打ちを受けていたのだと思います」
「幽霊になってるくらいだからよっぽど酷い男だったんだろうな。可哀想に」
「ユフィはどう思いますか?}
「こっこここっこここここんなもの持っておくべきじゃないよ!!!呪われちゃうから今すぐ捨てなきゃ!!」
「ダメです。こんな貴重な音声データを捨てるなんて勿体ないです」
「だったらアタシが消してやる!!えーっと、どうやって・・・」

ユフィは素早くICレコーダーをひったくると音声データを消そうと試みた。
しかし慌てているのもあって操作が上手くいかず、消す事が出来ない。
それどころか音量を大きくしてしまい、音声が更に大きくなって休憩室全体に響き渡ってしまった。

『ゆる・・・して・・・おねが、い・・・ゆるして・・・』

「あわわわわわっ!!?」
「そういえばこの声、どこかで聞いた事があるような」
「ないないないない!シャルア、聞いた事なんて絶対ないよ!!」
「ユフィ、レコーダーを机の上に置け」
「ヴィンセント!?こう!!?」
「サンダー」

置くというよりは落とすようにしてユフィはICレコーダーを机の上に置くとヴィンセントはすかさずサンダーを唱えた。
するとICレコーダーに電撃が走り、それっきりレコーダーは物言わぬガラクタとなってしまった。

「あ、レコーダーが」
「おいヴィンセント!貴重な証拠品をどうしてくれるんだ!」
「後で弁償する」
「金の問題じゃない!これは大切な研究の資料なんだぞ!!」
「世の中には知らなくていい事もある。行くぞ、ユフィ」
「う、うん・・・ごめんね、シャルア、シェルク」

ユフィは目を泳がせながらもすまなそうに謝るとヴィンセントと共に休憩室を出て行った。
残されたシャルアとシェルクは顔を見合わせる。

「レコーダー、壊されてしまいましたね」
「全くヴィンセントの奴め、いくらなんでも壊す事はないだろうに」
「仕方ありません。また今度録画しましょう」
「そうだな」






その頃、ヴィンセントとユフィは・・・


「も〜どーすんのさ!声聞かれちゃってんじゃん!しかも録音されてるし!!」
「壊したから問題はない」
「でも聞かれてたじゃん!あーもー恥ずかしい!!!」
「しばらくは控えるしかないな」
「ちぇー」
「夜勤前か後に存分にするしかないな」
「そーいう恥ずかしい事をさらっと言うなよ・・・」
「お前はどちらがいい?」
「・・・後」
「では、そうするとしよう」

こうしてこの日を境にWROですすり泣く女の声の噂は流れなくなったという。












END
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