青の福袋

□浄めの旅(前編)
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「ヴィンセントのバカヤロー」

橋の上で頬杖を付きながらユフィは悪態をつく。
怒りに任せて足元の小石を蹴ってみれば弱々しくポチャンという音を立てて川の中に沈んで行った。
町全体に僅かに霧がかかっている所為か見通しが悪く、また空気も重い。
それがユフィの気持ちを益々逆撫でしていた。

「あまりヴィンセントを責めるな。マザーに会わせてやれない俺たちが悪い」

後から追ってきたキングがすまなそうに言いながらユフィの隣に立つ。
ユフィはチラリと目線を寄越すとすぐにまた前を向いて言った。

「別にキングたちは悪くないよ。ヴィンセントにその気がなくて諦めてるのが悪いんだよ」
「自分の事で迷惑をかけたくないんだろ。そのくらいはついさっき知り合った俺でも分かる」
「でもいっつもああなんだよ?自分の事はいつも後回し。ちょっとくらいは欲張っても罰なんか当たらないよ」
「その分お前が欲張ってるんだろう?」
「・・・うっさい」

図星を突かれてバツが悪いユフィはふいっと横を向いてしまう。
血は繋がっていないが兄弟を持っているキングからしてみればユフィの態度や扱いはなんて事はないがヴィンセントはきっと大変だろうなと心の中で苦笑いする。
だが付き合いが長そうだからそうでもないか。

「・・・・・・さっきは我儘言ってごめん」
「気にするな」
「・・・セブン怒ってるかな?」
「それなら心配いらない。もっと気にしなくていい。お前があれだけ食い下がってた理由を察してる筈だ」
「そっか」
「・・・マザーに縋らないといけないくらい厄介な妖なのか?」
「多分。色んな人に当たってみたけどみ〜んな口を揃えて『無理』って言うからさ」
「どうしてそんな妖を宿す事になったんだ?」
「恋のライバルに嵌められたんだってさ。しかもその後自分は死んだ事にされて好きな人は見事に取られたみたい。
 まぁヴィンセント曰く、自分が生きていたとしても勝ち目はあったかは微妙だったみたいだけど」
「その女の好みじゃなかったのか?」
「ん〜みたいよ?それでも頑張ろうとしたみたいだけど。
 で、妖を宿した身だし好きな人の幸せを壊したくないからってんでボロ寺に引きこもってたんだってさ。
 妖に憑りつかれる前の日に好きな人からライバルとお揃いで渡されたお守りでしばらくはなんとか妖を抑えられてたみたいだけど、
 すぐにそのお守りも壊れてしばらく色々苦しんでたんだって」
「そこでお前が現れたと」
「そ。上手く制御出来れば便利かな〜って思ってリヴァイアサンの力使ったらこんな風になっちゃったけど」
「四霊の泉に行けば必ず元に戻る。保障しよう。過去にも似たような事例があったからな」
「へー?アタシみたいに召喚獣の力使った人いるんだ?」
「私利私欲じゃないがな」
「しつれーな!アタシのはちゃんとヴィンセントの為でもありますぅー!」

ユフィは小さく舌を出して抗議するがキングは涼しく笑って流す。
しかし自信を持って保障宣言したものの、ユフィはどこか寂しそうな悲しそうな表情を浮かべて俯いていた。

「あまり嬉しそうじゃないな」
「は、はぁ!?何言ってんのさ!嬉しいに決まってんじゃん!」
「とてもそうは見えないが?」
「・・・誰にも言うなよ」
「ああ」
「・・・・・・リヴァイアサンの力が戻ったら多分ヴィンセントとの旅、終わるかもしれないんだ」
「見合いから逃げる口実がなくなるからか?」
「ヴィンセント、国を守る巫女であるアタシを長く連れ回す訳にはいかない、なんて言って早く返そうとするんだよ」
「言っている事は間違っていないがな。国を守るのが巫女の役目だろ」
「ウータイは武の国だよ。アタシ一人がいないくなっただけで潰れる程弱くない。
 だからしばらく空けててもへーき。まぁちょっとは怒られるかもだけど」
「だがリヴァイアサンの力を取り戻すのとヴィンセントの妖がどうにかなるのを賭けて四霊の泉には行かなければならない、か」
「そーなんだよ。ねぇなんか新しい口実ない?出来ればヴィンセントが気に病まない程度の」
「いきなり言われてもな・・・」

聞かれたキングは困ったように首を傾げると腕を組んだ。
ただでさえそれらしい口実を考えるのが大変だというのにそれに加えてヴィンセントが気に病まない程度の口実だなんてハードルが高いにも程がある。
素直に一緒に居て欲しいと言えばヴィンセントもきっと・・・いや微妙か。
言った所で絶対に身を引いて遠慮しそうだとなんとなくだがそんな光景が容易に浮かぶ。
それに跳ねっ返りのユフィが素直に言うとも思えない。
これは座学の試験よりもかなりの難問だ。
難しい事を考えるのは自分の性に合わない。
ここはいつもの通りシンプルでいこう。

「見合い相手探しに付き合わせたらどうだ?」
「はぁ?何それ?」
「仮にヴィンセントの妖がどうにかなったとして、国に戻っても気の進まない見合いをさせられるだけだろう?
 オマケにヴィンセントとも離れなくてはならなくなる。
 だったら見合い相手を探す手伝いをさせればヴィンセントもいくらかは納得するだろうし、国の連中の怒りも収まるだろ」
「あ〜なるほど!そっかそっか〜!キング頭良い!!」
「フッ、もっと褒めていいぞ。だが見合い相手のハードルはほどほどにな。
 あんまり高すぎれば企みがバレるし低すぎればすぐに見つけられてなしくずしに結婚相手にされるぞ」
「わかってるって!それにアタシの理想はアタシよりも強くて背が高くて優しい奴だからさ!」

それはヴィンセントが限りなく近そうだな、なんて言葉は飲み込んだ。
野暮な事は言わない、本人たちが気付くべき事であると悟り、キングは口を噤む。
ユフィは素直じゃなさそうだから時間はかかるかもしれないがまぁなんとかなるだろう。
それよりもユフィの興奮も治まっただろうしそろそろ長屋に戻るとしよう。
町は相変わらず薄気味悪い雰囲気が漂っており、あまり長居はしたくない。
そう言おうと思った矢先―――

「ねぇキング、あれ!」
「ん?あれは・・・」

上物の着物を着た一人の女性が虚ろな瞳の様子のおかしい人々に迫られ取り囲まれていた。

「あぁ誰か・・・誰かお助けになって!」

「迫ってきてるのは妖!?」
「いや、人間だ!」

武器を使う訳にはいかず、二人はすぐさま駆け寄ると素手で様子のおかしい人々を突き飛ばした。
強く突き飛ばされて転がる人々は、しかし何事もなかったようにして起き上がり、また迫ってこようとする。

「これじゃキリがないね!」
「一旦屋根の上に逃げるぞ。行けるか?」
「よゆーよゆー!」

ユフィは着物の女性に何も聞かずに抱え上げるとそのまま屋根の上に飛び上がった。
そのユフィたちを追って人々が手を伸ばして捕まえようとするが虚しくも虚空をかくだけ。
登ってこないのは幸いだが、沢山の人間が集まってきて、ユフィとキングがいる屋根の家の周りにどんどん集まってくる。

「うえ〜、どんなホラーだよこれ〜」
「何故動きだしたのかは分からんがセブンたちも呼んで逃げるぞ」
「りょーかい!」

頼もしく返事をするとユフィは女性を抱えたまま、キングと共に家の屋根から屋根へと飛び移ってセブンたちがいる長屋へと向かうのであった。
段々と霧が立ち込める生気のない町の中を―――。









続く
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