赤の福袋

□夏の昼
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家に到着してすぐにヴィンセントを布団に寝かせ、エアコンを入れた。
それから冷たい水で絞ったタオルを頭に乗せ、氷を入れた水を持ってってやった。

「はいヴィンセント、水だよ」
「ああ、すまない」

ゆっくり起き上がってコップを受け取る。
少しずつ飲んでいけばキンキンに冷えた氷水が喉を通って冷たさと潤いを齎す。
ほんの一口飲んだだけだがそれでも随分楽になった気がした。

「大丈夫?気持ち悪くない?」
「そこまでは酷くはない。すぐに良くなる筈だ」
「ならいいけどさ・・・今日はもう安静にしてろよ」
「分かった」

「アタシも水飲もっと」と言ってユフィは立ち上がり、台所へと引っ込む。
ユフィの気遣いを嬉しく思いつつタオルを頭に乗せて再び布団の上に横になる。
クーラーの風、冷たいタオルと水、これらによって体が冷却されていく気がした。
目の奥の痛みも和らいで来た気がする。
これで一休みすれば元通りになるだろう。
そう思って目を瞑るヴィンセントだったが・・・


シャリシャリシャリ・・・


「・・・ん?」

何かを削る音が台所の方から聞こえて来た。
聞き覚えのあるような、涼しそうな音。
この音は・・・いや、考えなくても分かる。
台所にいるのはユフィで、今の季節は夏。
となれば考えられる事は一つ。

(あれか・・・)

音が鳴り止んで小さく物音がした後にユフィが台所から出てきた。
ガラスの器にいちごシロップをかけたかき氷を持って―――。

「へっへ〜!かき氷作っちゃった♪」

ヴィンセントの前に座ってサクサクとスプーンでシロップを嬉しそうに混ぜるユフィ。
見てるこっちも涼しくなりそうな光景だ。

「そういえば夏に入ってからまだ食べていなかったな」
「そうそう、アタシもそれ思い出してさ〜。はぁ〜んま〜!」

サクッ、と一口分掬って頬張るその顔は幸せそのもの。
店先で食べさせれば他の客も食べたくなって来店するだろうと思うくらい美味しそうに食べている。
少し、ヴィンセントも欲しくなった。

「・・・私も貰っていいか?」
「うん、いいよ」

はい、と差し出されたスプーンを通り抜けてユフィのかき氷の更に後ろ、ユフィの元へ。
すっかり油断していたユフィはぬるりと熱を持ったものが唇を割って侵入するのを許してしまう。

「ん、む・・・・・・っ・・・」
「・・・」

ゆっくり丹念に口内をねぶられ、堪能される。
いちごの味で満たされていた舌はヴィンセントの味で埋め尽くされ、冷たかった上顎はすっかり温度を奪われ、熱く燃え滾る。
自然、体も熱くなって頭がボーッとしそうになった所で解放された。

「―――ぷはっ!はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「大丈夫か」
「だい、じょーぶ・・・じゃ、な〜い!かき氷食べるんじゃなかったのかよ!?」
「食べたぞ、お前の中で溶けたかき氷をな」
「ななっ!?よ、よくもそんな事を恥ずかしげもなく堂々と言えたもんだね!!暑いったらないよ!!」
「かき氷でも食べて涼しくなったらどうだ」
「言われなくてもするよ!」

クツクツと笑うヴィンセントを憎々しく思いながらかき氷を一口二口と食べる。
だが、三口目を食べようとした所でヴィンセントに手を止められ、また予告もなく口付けられた。

「・・・!」
「・・・」

またさっきと同じ、でも今度は激しさを伴った口付けに抵抗力を奪われ、体中の力が抜けていくのが分かる。
奪うような貪欲なそれにユフィは己が支配されていくのを感じた。
敵わない、そう思った瞬間に冷たい液体が太腿の上に落ちてユフィを正気に戻す。
ハッと漆黒の瞳に光が戻ったのを見てヴィンセントはニヤリと笑うとユフィを解放した。

「ぷはっ・・・!」
「・・・ごちそうさま」
「うっさい!も〜、見ろ!かき氷が溶けてこぼれちゃったじゃんか!」

三口目にとユフィがスプーンで救ったかき氷は二人の熱に充てられたかのように完璧に溶けてしまっており、ユフィの太腿を濡らしていた。
その光景にヴィンセントは口元を歪めると体を伏せて液体を吸い上げ、ペロリと舐めた。

「な、なななな・・・!?」
「・・・美味かった」

軽く舌なめずりをして意地悪く微笑むヴィンセントにとうとうユフィは我慢ならなくなってプイッと体ごと背を向けた。

「もう知らないし!ヴィンセントなんか茹でダコみたいになっちゃえ!」
「すまなかった、ユフィ。少し遊びすぎた」

なんて言いながら後ろから抱きしめてくるヴィンセントの声音には悪びれた風は微塵もなく。
ユフィは頬を膨らませたままやけ食いの如くかき氷を頬張った。

「ふーんだ、知らないもーん」
「これは困ったな」
「・・・許してほしい?」
「ああ」
「・・・―――じゃあ」

ユフィはくるりと振り返るとお返しと言わんばかりに何の予告もなくヴィンセントの唇の自分のそれを重ねた。
唇の表面の冷たさがヴィンセントの唇に瞬く間に奪われる。
次にやや強引に己の舌をねじ込ませて先程のヴィンセントと同じように口腔内を犯した。
一生懸命に、丁寧に、冷たくなった舌の温度を分け与える。
じんわりと温度は奪われ、舌先がまた熱くなってくる。
もう少しそうしていたかったが、反撃を仕掛けてこようとしたヴィンセントを察してすぐに舌を引っ込め、顔を離す。
名残惜しそうな銀色の糸が二人の間を引いて儚く消えた。

「・・・これで許してあげる」
「お預けとは生意気だな」
「夜までいい子にしててよね、ワンちゃん?」

軽く鼻を摘まれ、前を向いたユフィはそのまま背中をヴィンセントに預けるとかき氷を食べるのを再開した。
その生意気さに細く長く息を吐きだしながらしっかりとユフィを抱きしめ直すとヴィンセントは今夜のプランをじっくり考えるのだった。




そんな、夏の昼。











続く
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