真夏の刺激

□ようこそ、カマロ
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レポートの採点を終え、何事も無く帰宅した樹は家に周、恵、蕾がちゃんと居る事に安堵する
アメリカの地に移住してから5年が経つが、日本との治安の違いに神経を使う日々である



「おかえり、樹ちゃん。今日はハンバーグだよ!」
「ありがとう、周。ちょっと部屋で調べ事するから、何かあったら呼んで」
「分かった」



自室の扉を開けた樹は窓を開けて空気を入れ換える
庭の草木の香りを部屋に入れて気分を変えた樹が取り出したのは、サムから購入したあの眼鏡だ



「……やっぱり文字だな、これ」



予想とは違い、樹は己の勘と過去見てきた資料の記憶を元に確信していた
これはれっきとした文字で、何かを記している物なのである事を
しかし何が書かれているのか、そもそもどの地域の言語なのかも分からない

樹とて人間、記憶だけで判断出来る訳ではないし、彼女の知識を凌駕する物なんてこの世界に幾らでも存在する
そこで樹は眼鏡の文字を拡大し、それを手書きで模写し始める
教師の樹でも研究用のハイテク機器など持ち合わせていない、よって手作業による研究をする以外方法がない

文字と思われる物全てを模写し終えた樹はそれを元に世界中のあらゆる象形文字や宗教関連のシンボルを片っ端から調べ漁った
膨大な情報を虱潰しに調べるのは歴史教師としての意欲の為せる業と呼べるであろう
普通の人間に調べさせればものの数分で白旗を上げるレベルの根気のいる作業なのだ





樹がパソコンに噛り付いて2時間と14分が経とうとした時、樹の携帯が震え出した
膨大な情報の海から意識を浮上させた樹は目頭を押さえながら電話に出た
携帯の液晶画面が記していたのは仕事中の筈の栞の名前だった



「はい、もしもし?」
『あ、お姉ちゃん?ごめん、仕事向こうの都合でキャンセルになってね〜。今日はもう上がっていいって言われたの』
「あぁ、迎えに行きゃ良いのな。じゃあ事務所で待ってろ、着いたら電話する」
『は〜い、お願いしまーす』



通話を切った樹は机の上に置いていた例の文字を模写した紙を鍵付きの引き出しに仕舞ってから部屋を出た
階段を降りれば夕食の仕込みを終えてのんびり過ごしている周達に一声を掛けるべくリビングに入る



「ごめん、今から栞迎えに行ってくるから。何か必要なモンとかあるか?」
「…ん〜、そういうのって行ってみないと思い出せないんだよね〜」



本を読んでいた恵が本を閉じてから腕を組んで唸れば、ソファに寝転んでいた周がピョコンと顔を出して笑顔で答えた



「一緒に行けば分かるよ!私一緒に行く!」
「え、周姉行くの?私も行きたい」
「じゃあ私も行こっかなー、暇だし」
「じゃあ全員行くのな…。車出すから、戸締り頼むぞ」
「「「はーい」」」



思わぬお供にげんなりしながら車のキー片手に樹はガレージへと入った
この家に前に住んでいた住人が立てたガレージは2台入る広さなのだが、樹達の家にはカローラの1台だけで残りは季節毎に必要になる物を置いておく場所になっている
要はガレージ兼物置と言った所である

埃を被り始めたガレージの中の床を見た樹は近々掃除をしようと計画しながら車を出した
玄関前からこちらに駆けてくる周、恵、蕾を乗せてから樹はアクセルを踏んで車道にカローラを滑り込ませた



「夏休みどうするー?日本に1回帰る?」
「それも良いけど、どっか行きたい所とかねぇの?」
「国内でぶらり旅行は?」
「無計画か〜、面白そう!」



恵の質問に答えたい樹だったが、そこは長女故の性格か周達の意見に従うようだ
一方周と蕾は普段出来ない事がしたいのか実現可能ラインギリギリの提案をしてくる
恵は周と蕾の会話に笑うだけで特に何も意見しないでいる

こいつらに意見を聞いたのは失敗だった…
樹は静かに1人で反省した

車道をスイスイと進んで行く内に栞が待つ弁護士事務所に到着した
電話しようとした樹だったが、その前に周が既に連絡を入れていたらしく、駐車場に入った途端に栞が自動ドアを開けて車に小走りで来た
助手席にスライディングの如く乗り込んだ栞の顔は10分前の電話の声とは違って若干やつれている様に見える



「…どうしたよ」
「しっっっっっつこいオッサンに付き纏われてたの!」



聞いてくれと言わんばかりに負のオーラを放つ栞に聞いてみれば何とも同情せざるを得ない状況に立たされていたらしい
後部座席に居る周達も思わず暗い顔になる



「うはー、おっかない…」
「栞姉ちゃん、チョコ食べる?」
「ご愁傷さま」



想像した周は鳥肌を立たせ、恵は何故か持っていたチョコで栞の気を紛らわせ、蕾は栞に向かって合掌した
恵に貰ったチョコを頬張る栞の頭を軽く撫でてから樹は車を走らせた
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