パドロックパズル

□第03話 生徒名簿
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 誤解しないためにも先に言っておこう。

 殺人未遂を告白した紬花梨は、別に人を殺そうとしたわけではない。

 曰く、全ては不運のシチュエーションから生まれた誤解、とのことだった。

紬花梨「刃物を持った連中に絡まれたことがあったんだよ。最終的には全員ぶちのめしたけど」

 ちなみに、相手の刃物は叩き落としたり取り上げたりした上で、あくまでも自分は拳と蹴り技で勝ち抜いたとのこと。

 喧嘩慣れしてる雰囲気は感じていたが、女子高生の成せる業か?

紬花梨「そんで……最後の一人を倒した時に警察が来ちまって…。取り上げた刃物は、まだ手に持ったままだったんだよ」

明津誠「あぁ…、それで誤解されちまったと?」

紬花梨「その時から非行が目立ってたし、誰も私の言い分を信じちゃくれなかったよ。何もかも面倒になって、最後は肯定したし…」

明津誠「なッ!? 殺人未遂を認めたってのか!?」

紬花梨「仕方ねぇじゃん。こっちの言い分は通らねぇし、一向に話が進まなかったんだから…」

 全てが誤解だと分かったのは、病院送りになった襲撃連中から事実を聞き出せた後のこと。

 花梨が人殺しをしようとしたわけではない、と証明されたものの、その時点で噂話は山ほどヒレを付けてあちこちに浮遊。

 こういう経緯があって、花梨の13組入りは決定しちまったそうだ。

紬花梨「つっても、その件があろうとなかろうと、私の13組入りは避けられなかったさ」

明津誠「…何だ? まだ他にも何かやってんのか?」

 まさか“薬物”とか言わねぇだろうなぁ…。

紬花梨「見て分かんねぇ?」

明津誠「……?」

紬花梨「四六時中、喧嘩ばっかりしてるようなヤンキーが、問題児のクラスに入らないはずないっしょ? あくませんせー」

 言わなきゃ分からないのか、というような当たり前な口調で。

 こんなことを言わせるな、というような苦しげな表情で。

 花梨は俺に、全てを諦めているかのような態度で答えてくれた。

 つーか、あくませんせーって。

紬花梨「小田先生が言ってた。明津誠だから、略して悪魔。そう呼ばれてた時期があったんだろ?」

 小田先生に話した覚えはない…。

 おそらく、翔子先生から小田先生に話が広がったな…。

 と、そんな心境で頭を抱えそうになっている俺の目の前で、花梨は自分から話の軌道を戻してくれた。

紬花梨「印象とかって、そう簡単に払拭できないからさ。もう私のイメージは確定しちゃってんの…。だから、どの道……私は13組だったよ」

明津誠「そんなこと…」

 ない、とは言い切れなかった。

 ゲーセン裏で起きた光景を直視していたら、きっと俺だって、花梨のことを危険な高校生の分野に見てしまっていただろうから。

 でも、さっき小田先生や岡山から聞いた話はどうだ?

 木に登ったまま降りられなくなってる猫を助けようとした女子高生の、いったい何処に危険要素がある?

明津誠「(大きく目立ってるところばかり見られて、そこだけを評価されて)」

 もしかしたら、俺の受け持っている13組には、思っているほど大きな問題を抱えている生徒なんていないんじゃないのか?

 いたとしても、ひと握り。

 富岳校長や翔子先生や御剣先生が言ってくれた、俺なら“大丈夫だ”の本当の意味が、少しだけ分かったかもしれない。

明津誠「……進級させるぞ」

紬花梨「ん?」

明津誠「お前たちを一人も余さず、必ず全員進級させる。他人から見た印象なんて知ったことか。そんなモンさっさと払拭して、堂々と胸張って登校できるようにする。それで問題ねぇんだろ?」

 お前たちっていうのは、当然13組の生徒たちのことだ。

 この場には花梨しかいねぇから、どうも説得力というか、迫力に欠けるシチュエーションだったかもしれないが。

 まぁ、俺の意気込みは何も変わらない。

紬花梨「…大変だぜぇ? そんなこと出来た先生の話、少なくとも私は聞いたことがない」

明津誠「いないだろうな。でもだからといって、これから先の未来に一人も現れないなんて馬鹿げてるだろ。まずは俺が第一号になってやるさ」

紬花梨「……ふーん。まぁ頑張れよ」

明津誠「あのなぁ…、一応はお前の進級も掛かってる話なんだぞ?」

 きっと花梨は、進級するのも諦めていたはずだ。

 13組に入ってしまえば、進級できる生徒なんて限られている。

 その限られた枠組みの中に、不良の自分が入れるわけがない。

 そう考えていたに違いないが、それを“はいそうですか”で見過ごすと思ったら大間違いだ。

 教師が生徒を諦めるなんて、まずありえない話だからな。

明津誠「……何だかんだ、ちょっとで終わらすはずの面談が長引いちまったな…。そろそろ帰った方がいい」

紬花梨「んー」

明津誠「13組の下校時間は過ぎてんだ。家の人も心配するだろうし、気を付けて帰るんだぞ」

 俺も職員室に戻ったら、さっさと帰り支度を済ませるつもりだ。

 富岳校長から受け取っていた生徒名簿に、じっくり目を通さなきゃならないからな。

明津誠「お前さえ良けりゃ、家まで送ってってやろうか?」

紬花梨「ガキじゃねぇんだ。そんなの要らねぇよ」

明津誠「はは。それもそうか」







 俺が職員室に戻ってる間に、花梨も下校準備を整えたのだろう。

 整えたと言っても、学生鞄は保健室に持ち込んでいたため、わざわざ離れ家にある教室に戻る必要はない。

 職員室は本校舎の二階で、教師は外階段を使ってそのまま帰ることが出来る。

 一階の昇降口を通って下校していく花梨と、再び顔を合わせるタイミングになってしまったのも、きっと仕方ないことだ。

明津誠「また会ったな」

紬花梨「何だよ。まだ何か話でもあんのか?」

明津誠「いやぁ…、あるのも確かだが、それはクラス全員に言えることだしな。お前とここで会ったのは偶然だよ」

紬花梨「ふーん…」

明津誠「じゃあな。気を付けて帰れよ」

紬花梨「おー」

 教師に対する受け答えとしては減点ばかりだが、まぁ気にするまい。

 こういうのも少しずつ変えていけばいいんだ。

 一年以内に更生させれば、めでたく進級できるんだから。

明津誠「…………」

紬花梨「…………」

 注意、歩き出しています。

 決して立ち止まったまま見つめ合っているわけではありません。

明津誠「…………」

紬花梨「…………」

 ちなみに、俺は徒歩通勤者だ。

 免許は持ってるが、歩いて出勤できない場所でもないからな。

明津誠「…………」

紬花梨「…………」

 おっと、赤信号だから止まらないとな。

 そして、俺の隣りにも花梨が止まりました。

明津誠「…………」

紬花梨「…………」

 何で、ついて来るんでせうか?

紬花梨「何でついて来んだよ?」

 心を読まれた!

 いや、これは花梨の意見か?

明津誠「いや、俺ん家こっちだし…。別に、ついて来てるわけじゃ」

紬花梨「……私ん家もこっち」

 おおっと、まさかの同じ帰り道。

 これが青春時代の一幕だったらなぁ…。

 いや、イジメられていた学生時代を送った俺にそんな青春はなかったが。

 きっと仲のいい友達と一緒に、食べ歩きとかしてたに違いない。

紬花梨「あくませんせー。腹減ったから飯奢れー」

 あぁ、青春とは程遠い。
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