短編

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「「キッド」」
この船の船長であり、彼氏でもあるキッドの名前を呼ぶと誰かの声が被った。
振り向くと3歩後ろにキラーがいて、あ…と小さく声を漏らした。
「あ?なんだキラー」
キラーのその小さなつぶやきも、私の呼ぶ声も聞こえなかったのか私の隣を歩いていきキラーの隣へ行った。

「あ、あぁ。ここの地図が〜〜〜。」
「なら〜〜〜。」
2人で海図を覗き込み何やら会議中。
特別詳しくもなければこの船の行き先を決める身分でもない私はそんな二人を見ることしかできなくて。


時折気にするようにキラーがこちらを見てきたから切ない気持ちで少し笑って首を振った。
気にしないで、と。
気を使わせる訳にも行かずでっかい恐竜の頭蓋骨を模した甲板へ行くと真っ直ぐ前を見る。

別にキッドが私のことを蔑ろにした訳では無い。
本気で気付いてなさそうだったし。
でもその悪気のない行動一つ一つに傷ついてしまうのだ。
私の方が近かったのに、とか落ち着いたキラーの声より嬉しいことがあってテンション高くキッドを呼んだ私の声の方が目立つでしょ、とか。
彼女なのに1番になれない虚しさとか。
ずっと感じていたけどこんな風に改めて思い知らされると結構きつい。


船から少し身を乗り出して綺麗な海をのぞき込む。
下を向いた拍子に両目から雫が零れて海へ消えていった。
ダサくて弱くて情けなくて醜い。
嫉妬だらけの感情。

キラーは幼い頃からキッドといて、誰より信頼されててキッドにとって必要で…。
じゃあ私は?
海図もろくにわからなくて、戦闘員としてはそんなに強いわけでもなく、キッドと出会って長い間そばにいた訳でもない。

こんな感情ぶつけても嫌われるだけだ。
絶対に言わないけどキラーか私か選んでよ、なんて言ってしまったらキッドはいなくなってしまう。



コツコツとキッドの足音が聞こえる。
大股で近付いてくる。
涙を止めなくては。
早く、早く…。
「名前、なんか用か?キラーがお前も呼んでたって言ってたが」
下を向いている私の隣で瓶を煽る。
ほらね、気付いてなかった。
笑わなきゃ、話さなきゃ。
昼間からお酒を飲むなとか、もうすぐ次の島だねとか、たくさん言葉は浮かんでくるのに口を開こうとすれば涙が出る。

「おい、聞いてんのか?…どうした?」
思い切り肩を掴んで振り向かされるとキッドが険しい顔をした。
身体を船に預けていたせいで当然のことに対処できずその場に座り込んだ私の顔を見て眉間のシワが刻まれていく。

「ごめっ、なんでも……」
必死に両手で顔を隠したがキッドは片膝を着いて私の前に来ると手を無理やり離させた。
嫌だと頭を振る私に構うことも無く力任せに腕をひかれれば情けない顔を見せてしまう。
「なんだ?何があった?誰だ、ヒートか?」
「ちがっ!」
今にもヒートを怒鳴りつけそうなキッドに慌てて否定する。
それにしてもなんでヒートなのか。
「じゃあどうした?」
「キッドがっ!」
「俺がなんだ」
言えない。
嫌われたくないという保身のためだけに本心が言えない。

いつ落としたのか、割れたお酒がだんだん広がりキッドの膝を濡らした。
それを嫌がりながら立ち上がると私の脇に片手を入れ軽々持ち上げる。
「下ろして…」
「言うまで部屋に閉じこめてやる。」
2人で使っている部屋へ歩き出したキッドにいくら抗っても勝てるわけがないから諦めて黙っていると部屋に着いた途端ベッドへ優しく降ろされた。
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