短編

□あの子のためなら
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私があの子を助けたのはまだあの子が10代の頃だった。知り合いのシャッキーに育ててもらった。その子は今シャッキーのバーと近所の花屋で働いている。その子と会うのは毎週金曜日の仕事終わり、そのまま私の家で泊まる。毎週恒例のことだった。
「あ!レイさん、お仕事お疲れ様!」
「ありがとう、名前もな。」
いつも通りの会話をする。
名前は私が海賊王の右腕だったと知っても態度を変えない珍しい子だ。家の前で名前を待って、来たら一緒に入る。買い物してきた名前が夜ご飯を作ってくれるから一緒に食べる。晩酌もする。名前好みの酒を調達するのが楽しみだった。名前が、海賊だった頃の話を聞きたがるなら聞かせてやったし新聞を見ながら2人で語り合うこともあった。何をしていても楽しかった。こんな年寄りになっても恋をするんだな、と少し笑えた。

そんな名前との別れを昨日決意した。昨日は名前がいなかったけどシャッキーの所で飲んでいたら名前に貴族からお見合いの申し込みがあったことを知らされた。私は名前の重荷にだけはなりたくない。だからあの子のためなら身を引く。名前が私に好意を持っていることは私もシャッキーも知っていた。シャッキーには傷つけたら許さない、と脅されたが止められはしなかった。実際私と名前の関係には名前が無い。私はもちろん名前が好きだ。想い合っているが付き合ってはいない。私には名前を幸せにできない。
「私がこの島を出るまではあの子に言わないでくれ。」
「ちょっとレイさん!!」
文句を言うシャッキーを無視して店から出てすぐに家へ帰った。荷物を全部まとめると今まで一緒に過ごした月日を思い出す。歳のせいか涙が止まらなかった。

そして今日、もうすぐ来る船に私は乗る。あの子に、名前に会いたい。そんな想いを消すように深くため息をついた時愛おしい声が聞こえてきた。
「レイさん!!行かないで!!仕事の都合?嘘でしょ!この島にいたいって言ったよね!?私なにかしちゃった!?」
振り向かなくてもわかる。泣いているんだろう。同じ船を待つ人たちが何事だ、とざわざわし始める。
「名前、もう子供じゃないんだ。最後の別れを言えなかったのは悪かったけど仕事の都合だ。諦めなさい。」
振り向かずに冷たく言う。
「ナメないでよ!どれだけ一緒にいたと思っているの!?嘘をついてるかどうかなんてわかるよ、すぐ分かっちゃうよ!」
1歩1歩近付いてくるのがわかる。
「ハァ、じゃあはっきり言わせてもらうがな、もう一緒にはいたくないんだ。年齢を考えてみろ、重荷でしかないんだ。」
私は名前の重荷になるんだ。
「レイさんが私のことを助けてくれて家族をくれた。レイさんの方がきっと早くいなくなる。それでも私にはシャッキーもいるし友達もできた。今私が望んでいるのはたくさん思い出を作って笑顔で見送ることだよ!こんな中途半端なものじゃない!!」
ついに名前は私のところへ来てしまった。控えめに後ろから抱きつかれる。流石に周りの目が痛い。
「場所を変えるぞ。」
腕を掴んで歩き出す。もう次にくる船は諦めた。
「レイさん、好きだよ。好きなの。」
泣きながら訴えてくる。そんなことを言われたら決心なんて揺らいで消えてしまう。
「お見合いが、あるんじゃないのか。」
「...え?」
ポカン、という顔をする。可愛くて仕方ない。
「シャッキーが言っていた。」
「あ、あー!どこかの貴族のやつか!ちゃんと最後まで話を聞いた?私それ聞いてすぐに断ったからもう忘れてたよー」
呑気にアハハ、と笑う。
早とちりか。でもこれからそーゆー事はあるだろう。
「若い人がいいと思うようになるぞ。」
「年齢なんて気にしてないの。」
「老いぼれていくところを見れば気持ちは冷める。」
「あのねぇ!!!怒るよ、レイさん!!言ってるでしょ、愛してるって!」
正面からぎゅっと抱きつかれる。名前が声を荒らげるなんて珍しい。機嫌を損ねたようだ。
「もう、後戻りはできなくなるからな。私はどうやら名前を手放せないらしい。」
名前が喜んで私の顔を見る。
もう止まれない。名前の唇に自分の唇をくっつける。
「初めて、だね。」
顔を真っ赤にした名前が嬉しそうに言う。こんなことならもっと早くしてしまえば良かった。
堪えきれなくなった想いを伝えるように何度も何度も角度を変えてキスをした。


(涙が止まらなかったのは歳のせいなんかじゃなくてそれだけ名前を想っていたということ)

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