短編

□満たす
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「足りねェ…」
喧嘩を売ってきた海賊を皆殺しにしたキッドは血の海の真ん中でそう呟いた。
船に積んであった食糧も、財宝もとったが足りない。
「キッド、全部積み終わったぞ」
キラーがそう声をかけてきたがキッドはその場を動かなかった。
満たされない。
海賊を始めた頃は勝てば勝つほど満たされていたのに、いつの間にか足りなくなっていた。
金も、力も、悪名も手に入れたはずなのに心がまだだと叫ぶ。
足りないと、満たされないと。

「あ、終わった?」
「あ゛?誰だテメェ」
船の中からひょっこり頭を出した女にキッドが睨んだが気にもせず悠長に血の海を見ていた。
「名前って言うの!おにーさんありがとう、こいつら殺してくれて」
にこりと笑う名前は海賊らしくはない。
「ハッ、暴れたりねェんだ。お前のことを助けたつもりはねェよ」
「うん、それでもこいつらが死んでくれたから私はおにーさんに殺されてもいいんだ」
キッドは名前のそばに歩いていくと細い首を掴みあげた。
でも名前は相変わらずニコニコしているだけ。
「バカにしてんのか」
「ううん、感謝してるよ」
そう言うとキッドの大きな手にやせ細った手を重ねて目を閉じた。
死を受けいれた顔をして。
「チッ、つまんねェ」
せいぜい嫌がって悲鳴でもあげてくれれば少しは満たされたかもしれないのに、と無性に腹が立った。
「あれ、やめるの?」
名前の首を離すとくっきり手の痕がついていた。
真っ白で弱そうな肌に自分がつけた痕。
なぜだかそこから目が離せなかった。
「おにーさん?」
「うるせェ、キッドだ」
「キッド!」

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