フィクション

□短文7
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足がつる。
そうわかった途端、急に意識が覚醒するのはなぜだろう。
覚醒したのはいいけれど、一瞬自分がどこにいるのかわからなくて混乱する。
ダウンライトの淡いオレンジの灯りの下。
目だけを動かして室内を素早く見回し、ローチェストを挟んで隣のベッドに金色の髪があるのを見てホテルの部屋にいることを思い出した。
けれど今はそれどころじゃないんだった。
下手に動かせば完全につる。
あとに痛みが残る程つってしまう前に止めないと、と思うのに足が突っ張って右足の爪先をつかむことが出来ない。
ベッドの上でなんとか体を半回転して、枕元の壁に右足の踵を押し付けてアキレス腱を伸ばす。
筋肉の収縮がおさまるまでしばらくそのままでいると、ようやく痛みが遠のいていく。
肩で息を吐くと、壁についていた足をベッドの横に下ろし玲於は体を起こした。
ベッドの端に座ったまま右足の爪先を上下に動かすと、ふくらはぎが痛む。
困ったな。スプレー式の鎮痛消炎剤、誰か持ってなかったっけ。
ベッドのまわりに乱雑に広げてあるお互いの荷物を見れば、自分も隼も持っていないのは確かで。
こんな時間に起こすのは気が引けるけれど、このままだと明日に影響するかもしれない。
とりあえず、マネージャーの部屋に行ってみようと部屋のカードキーをつかむ。

玲於と隼が割り当てられた部屋は廊下の突き当りにあった。
ドアを半分開けたままそっと外を見ると、モスグリーンのカーペットが敷き詰められた廊下はしんと静まり返って誰の姿もない。
生活感の無い場所だから、ひとけがないと余計に不気味に感じる。こんな時間に人がいてもやっぱり不気味だろうけれど。
どうしよう、やっぱり朝まで我慢しようか。
そう引き返しかけたとき、隣の部屋のドアがそっと開いた。
驚きすぎて玲於の口から悲鳴にならない声が出る。
「玲於?」
ドアの向こうから顔を出したのは亜嵐だった。
「ど、どうしたの亜嵐くん」
「どうしたのって、壁、ドンってしなかった?」
「え、ごめん、起こしちゃった?」
「眠りが浅くてウトウトしてたからすげービックリした。なに?隼とケンカ?」
違う違う。
玲於は顔の前で手を振ってから「足、つっちゃって」と右足を上げてみせる。
「マジ?」
「うん、それでシューってする湿布、持ってないかなって」
マネージャーの部屋に聞きに行こうとしてた。
そう話すと、「オレ持ってる。ちょっと待ってて」と亜嵐が部屋に引っ込み、すぐに鎮痛消炎剤を手に戻って来た。
「玲於、後ろ向いて。とりあえず両方スプレーしとくよ」
「うん」
言われるまま、素直に亜嵐に背を向け、あまり意味はないのに膝上短パンの裾を上に引っ張る。亜嵐は廊下にしゃがんでスプレーを使った。
「でも、あんまり冷やさない方がいいかも…。あっ」
「えっ?」
亜嵐の声に振り返ると、亜嵐の部屋のドアがゆっくりと閉じるところだった。
「やば」
「鍵は?」
「持ってない」
「あちゃー」
二人で閉じてしまったオートロックのドアを眺める。
「亜嵐くん、こっちの部屋で寝なよ。一緒なの涼太くんでしょ?起こして体調崩させたらまずいし」
玲於は自分の部屋の鍵を開けて、亜嵐が通れるスペース分ドアを広げる。
それが最良の選択だよな。廊下で寝るのはさすがに嫌だし。
亜嵐は素直に玲於と隼の部屋に入る。
部屋のレイアウトは左右対称なだけでほぼ同じ。勝手知ったると言った感じでトイレと洗面台、浴室の間の廊下を進んで行くとベランダ側のベッドで隼がうつ伏せに眠っていた。
「ごめん、亜嵐くんここで寝て?」
自分のベッドのシーツを軽く直して、玲於は隼のベッドの方へ行く。
「ちょっと待って、なんでそっちで寝んの?」
「え、だって狭いでしょ?」
「そしたら隼が可哀想じゃん。ここでいいよ」
亜嵐はスプレーの缶をローチェストの上に置いて玲於のベッドに横になると、自分の左側をとんとんと叩く。
「でも」
「じゃ、オレが隼の隣りに行く」
玲於は亜嵐と隼を見比べて、それじゃ二人に悪いし…と亜嵐の隣りに横になった。
「おやすみ」
亜嵐は笑ってそう言うと目を閉じた。
「おやすみ」
玲於も小声で返す。
顔が近い。
なんでこの人、顔も中身もこんなに良いんだろ。
亜嵐はすぐに規則正しい寝息をたて始めた。
起きて。先に寝られるとそう言って肩を揺らしたくなるけれど、寝息をそばで聴いているうちに自分の呼吸が亜嵐にあわさっていくのがわかる。
それが心地よくて、いつの間にか玲於も眠りに落ちていた。



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