Dream:The Ring 短編U

□世にも奇妙な……
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目の前の男は、パタンとノートパソコンを閉じた。
「ど、どうでしょう?」
「ええ、この世界のだいたいのことは把握できました。とても、文明が発展している世界のようですね。」
『何、この男。何なの?え、ちょっと、どうしよう、マジか?めちゃくちゃハイスペックな男を拾ってしまったんだけど……』
「困りましたね……」
腕を組み、顎に手を当てて真剣に考えに耽っている端正な顔立ちをした彼。
『神様、これは普段耐え忍んでいる私へのご褒美ですか?それとも、悪魔の甘い罠ですか?』
「良かったら……生活が落ち着くまで、ここに暮らしませんか?」
申し訳なさそうな笑みを見せる彼に、自分の頬が染まるのが分かった。
彼との恋が始まるのだと思った。


そこまで思って、ハッと我に返り、慌てて頭を振った。
『世にも○○な物語じゃないんだから!!』
仕事中に何て妄想をしていたのだろう。
『しかも、あの人を妄想に使うなんて!!』
「どうかしましたか?」
その超本人に不思議そうに声をかけられ、心臓が飛びでるほど驚いた。
「か、係長!!」
係長とは、自分が入社した時に、転職で同じ部署にやってきたファラミアさん。
博学多才では収まらないほど優秀で面倒見も良く、とんとん拍子に昇進していっている。
『これが、また、イケメンなんだわ!』
グッと拳を握り締める自分に、彼は心配そうな顔をした。
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。ちょっと現実逃避しただけで、何でも無いんです。」
「現実逃避ですか。そんなに仕事が辛いですか?それとも、他に何かトラブルでも?」
「そういう訳ではないんですけど……」
代わり映えのない日常。
肩書きは一般社員のまま。
仕事に追われ出会いも無く、休みの日は寝て終わる。
昔はもっと夢や希望を持っていたはずなのに。
「いい歳して、恥ずかしい。すみません、心を入れ替えて仕事に集中します。」
「その様なこと、ありませんよ。誰でも現実逃避はしたくなる物ですし、理想を思い描くものですよ。」
「係長も、そんな時があるんですか?」
彼は頷くと、耳に顔を近づけてきて、こっそりと囁いた。
「実は、私は別の世界から、この世界にやってきたのですよ。」
悪戯な笑みでそう言う彼。
「ま、まさか、やだなぁ、そんな事、あるわけないじゃないですか!」
「本当にあったとしたら?」
「え?」
彼は、みんなには内緒ですよと念を押し、ひそひそと話してくれた。
「実は、この世界に来る以前の私は、中つ国という世界にいたんです。その世界には人間以外の種族もいて、私はゴンドールという国の執政の息子として、日々、闇の輩と戦っていたのですよ。弓と剣で。私は弓が得意でした。」
「本当ですか!?」
自分は上司のとんでもないカミングアウトに興奮して身を乗り出していた。
「ええ、私は野伏と呼ばれる部隊の隊長だったのです。ですが、戦は苛烈を極め、部下を失う重荷に耐えきれず、私は平和な世界を望んでしまったのです。」
「それで、この世界に?」
彼は頷いた。
「気が付いたら。私の体には矢傷や刀傷、鞭打ちの痕が残っておりまして、季節の変わり目や、寒さや、湿気が多いと疼くのですよ。」
「そんな……大変な思いをしたんですね。」
心配そうにファラミアさんを見れば、彼は口元を押さえ、肩を震わせて笑いを必死に耐えていた。
「ぷっくっ!!」
ようやく、自分が騙されたことに気が付いた。
「あ〜〜〜!!ひどぉ〜い!!作り話なんですかぁ!?」
「いえ、余りにも真剣に聞いてくれるものですから、つい。」
簡単に彼の作り話を真に受けてしまったことが恥ずかしかった。
「ついじゃありません!もう、知りません!」
恥ずかしさを誤魔化すように勢いよく立ち上がった。
彼はクスリと笑った。
「誰も、作り話とは言っていませんけどね。」
「何か言いました?」
ギロリと睨む自分に、彼は苦笑して両手を挙げた。
「いいえ、何も。」
「ちょっと、出てきます。」
「はいはい、どうぞ。」
プンプン怒って去って行く彼女の背に、ファラミアはぽつりともらした。
「この世には、知らない方が良い事もあるのですよ。」
ファラミアはくつりと喉で笑った。
「私が、あなたを幸せにしますからね。」


 

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