ブラッディ・クロス
□尚くんに幸せになってほしい
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※尚くんが月宮さん好きじゃない
「なあ、名前」
『ん?』
「嘘って、よくないよな」
『…一般的には良くないと思うけど、私は時と場合によるかな』
尚の部屋でゆっくりコーヒーを飲んでソファでくつろいでいた時、彼はぽつりとそんな言葉を漏らした。
私の言葉を聞き終えてから、尚はコーヒーカップをことりと机に置く。
付き合ってから何年か経つと、存外尚の性格とか癖とかはわかるようになってきた。
こういう風に寂しそうな顔で問いかけるときは決まって慰めてほしい時のようなのだ。
付き合い始めの頃はそんなことはなかったのに、ここ最近随分尚はおかしいと思う。というのも深夜に出かけることが多くなった。
始めは浮気を疑ったけど、尚直々に浮気じゃないと言われたからそれを信じることにした。
というか、時々怪我をして帰ってくるし、挙句の果てに入院なんてこともしたものだから、浮気レベルのことじゃないのだろうと勝手に解釈した。
お見舞いに行ったときは尚は何も話さなかったから私も何も聞かなかった。他人には知られたくないこともあるだろうと思って聞くことを我慢したという方が正しい。
本来なら彼氏が怪我をしたのだから問い詰める権利があるのだろうけど、尚は必要なことがあったら自分から話すというのが常だったから私も聞かない癖がついてきた。
よくない癖かもしれない。
「時と場合って、例えば?」
『尚がデートの待ち合わせ30分前に待ち合わせ場所にいて、私が待ち合わせ5分前に到着した時に「俺も今来たところ」っていうのはありだと思う』
「何でそのこと知って…!?」
『あれ、たとえ話だったんだけど。もしかしてそういうことあった?』
「いや…うん、ないです」
『あったんだね。気づかなくてごめん』
そういうと尚は、わざとらしく大きなため息をついて、
「気づかせないための嘘なんだから気づかなくていいんだよ」
と言った。
『そっか。ああ、それでね、私はそういう他人への思いやりがある小さい嘘なら許容範囲かなって思う』
現に、私はあからさまに尚に嘘をつかれているけれど彼を恨んだりはしていない。
それは単に私が尚を好きでいるから、という単純な言葉で済まされてしまうけれど悪い気はしていない。
気にしないくらいに尚が好きなのだろうし、嘘をつかれていても私の為だと自惚れてしまうからなのかもしれない。
「…じゃあ、自分が悪いことしてるの分かってるのに人に嘘をつくのは良くないことだよな」
『それも、他人の為かどうかにもよる…のかな。私は、もし尚が悪いことしてて、それで私が助かっているなら尚にはお礼を言うと思う』
「助かってなかったら?寧ろ悪いようにされてたらどうする?」
『尚か、それ以外の人かによって答えは変わるかな』
結局私は、身内か他人かによって答えが変わるほど都合のいい人間らしい。大事なことだから繰り返すけれど、それくらいに私は尚が好きなのだ。
「…俺、名前が彼女でよかった」
『…そっか』
そう言って尚は私のことを抱きしめた。幸いコーヒーが入っていたカップは机の上に置いていたので、急にこんな体勢になっても大丈夫だ。
何か不安なことがあるのだと思う。私は相談に乗ってあげられないし、物理的に助けてあげることもできない。
だからせめて、と彼の背中に手を回して子供をあやすように撫でていく。だって、尚が今にも泣きそうな顔をしてたから。
『尚』
「ん?」
『私ね、尚が好きだよ』
「俺も、名前が好き」
泣きそうな顔は晴れてくれなかったけど、心は救ってあげられただろうか。
ブラックコーヒーにミルクを添えて
何もできない私を彼女にしてくれる尚を、もっと信じてみてもいいのだろうか。