美男高校地球防衛部LOVE!
□師匠と弟子1
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「あ、ししょー」
放課後の帰り道、バイトに向かう途中。夕暮れ時で太陽が沈み辺りはオレンジ色に染まっている。
太陽の逆光に隠れてはいたが、見慣れた姿を見つけたので思わず口から声が漏れ出た。
そのつぶやきはけして大声で呼び止めるようなものではなかったと思う。
「…名前」
それなのにあたしに見つけられた師匠こと鳴子硫黄さんは、顔をしかめた。
聞こえなかったふりをして、他人のようにすれ違うこともできたはずだ。
師匠なんてつぶやきは、本来個人を特定できるようなものではないのだから。
それでもあたしのところに来ると立ち止まってくれる師匠は優しいと思う。
「何でそんな顔するんですか」
「友達の前で師匠と呼ばれる辱めを受けたからです」
そう、師匠は一人ではなかった。桃色の髪をカチューシャでかきあげたイケメンさんが隣に居た。
イケメンさんはこちらを一瞥すると、「誰だよ、彼女?」と師匠に問いただしている。
師匠の耳元に手をやってこそこそ話をしている気分なのだろうけど、生憎こちらにも丸聞こえだ。
声のトーンから恐らくは、彼女=恋人という意味だろう。すぐさま師匠もあたしも違います、と否定する。
あたしだって別に師匠が友達といるところを邪魔しようと思って声をかけたわけではない。
ただ本当に、見知った顔を見つけたから思わず声が出ただけなのだ。
それを聞き逃さなかったのはそちらですよ。尊敬する師匠に刃向う気はないので心の中で思い留める。
とりあえずわかってないような顔をしているイケメンさんに挨拶をする。
「苗字名前です。初めまして。師匠…鳴子さんにはいつもお世話になってます」
「おお、ご丁寧に。オレ、蔵王立な。よろしく!」
綺麗な髪のイケメンさんは蔵王さんというらしい。
「つーかイオ、水くせーじゃん。オレに知り合いの女の子紹介しないなんて」
「リュウに女性は間に合っているでしょう」
「そういう話じゃねえだろ。イオも校外に、しかも女の子の知り合いがいたなんてなぁ。これはセンパイ達にも報告しねーと」
と言うが早いか、蔵王さんはスマホを手早くいじりだしている。
「リュウ、」
「あ、名前ちゃんは何年生?」
師匠の溜息と共に吐き出された制止を促す呼びかけを振り切って蔵王さんはあたしに質問をしてきた。
あたしが着ているのが制服だというのは一目でわかる。だから学年を聞かれてもなんら不思議ではない。
むしろさらっと名前を呼ばれたこと、そして師匠の「女は間に合っている」という発言から女子の扱いに長けているのかと予想できる。
「高校1年です。蔵王さんは、師匠と同い年ですか?」
「そ。じゃあ一応お前のセンパイにあたるわけだ」
「そうなりますね。もしまたお見かけすることがあったら、ご挨拶してもいいですか?」
「そんなのわざわざ聞くことかよ。勿論オッケー」
蔵王さんは気さくな方で、あたしの問いかけにも笑顔で応じてくれた。
…この人当たりの良さはあたしの性別が女であることが助長している要因の一つなのかもしれないけど。
「緋音」
蔵王さんへの制止は無駄だと判断したのか、師匠はあたしに声をかける。
師匠は冷静に見えて、意外と態度に表れる。損得勘定はすぐに判断、お金には常に目を光らせて、嫌なものは嫌という。
だからこそ、さっきの嫌そうな顔をされた時は焦った。
しかしさっき名前を呼ばれた時とは違って、少なくとも今のは嫌そうな感じはしなかった。
それに思わず口元が緩む。
「はい?」
「バイトに向かう途中だったのでは。時間はいいんですか?」
「…!」
別に今すぐいかなくたってまだ間に合う時間だ。だからバイトの時間だということに反応したのではない。
ただ師匠が、あたしがバイトをしていると覚えていてくれたこと。そして時間を気にしてくれたこと。
もしかしたら蔵王さんからあたしの話題を切り上げたくて立ち去れと言外に言っているのかもしれない。
そんなことも予想の範疇だというのに、それでもあたしは師匠があたしを気遣ってくれたということ。
それが嬉しくて。
「せっかく師匠にお会いできたのにすぐに行くのは名残惜しくて」
普段言うにはあまりに恥ずかしいその胸の内を、今日の出会いの経緯よろしく吐露してしまったのである。
その時の苦虫をかみつぶしたような師匠の顔といったら、FXで損害を出してしまったとき以上のものだった。
ししょー、正しい対応の仕方を教えてください
(なー、イオ。なんか突っ込む雰囲気じゃなかったからスルーしてたけど、師匠って何?)
(言葉通りの意味ですよ。大変不本意ながら彼女は私の弟子なんです)
(何の?)
(…主に勉強の)
(世の中金が全ての男がまあ……)