成り代わり部屋

□短編集
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U外主人公


「なぁこじゅ」


「どうされました?」


「おれは・・・どうしたらいいのかな」


この小十郎、その目のあまりの空虚さは何年経っても忘れることは出来ません




「今年の酒は良い出来のようだぞ小十郎」


「政宗様、酒蔵より届いた試作品をもう空けたのですか?」


「ああ。だが政務に差し障っても困るからな。口に一口含んだ程度だ。


残りは今夜にでもお前と月見酒がしたくて残してある」


「左様ですか」


奥州に独眼竜有り、とその異名を日の本全土に轟かせる主は、戦場の孤高の阿修羅の如き強さと冷徹な瞳を普段は消し、18の年相応によく笑い何事にも興味津々な、しかし余り手の掛からない方だ。


昔から、政宗様で手の掛かったことと言えば、その気配の希薄さ故に直ぐに家臣が姿を見失うことだけ。


その希薄さの所以は幼き頃より嫡男として狙われていたためにご自身で会得されたモノで、忍びでもなかなか見つけることは叶わない


「兄様」


「ん?あぁ小次郎。帰ったか」


「今年の作物の実りは良いようです。果実も野菜もたわわに実っておりました」


「very good!何よりだ」


「はい。それに帰りしな、城下の製作所を覗きましたところ、石けんの製作も上手く行っているようです。」


「ラベンダーが収穫時期だからな。そろそろかと思ったが・・・此方が言わずともちゃんとしてくれてるなんて良い民を持った」


「皆兄上に感謝してましたよ?働き手を失い、途方に暮れていた女衆に働き口を用意したのは他ならぬ兄上故」


「よせよせ。愛するモノを奪った俺に出来る事といやぁ是ぐらいだからな。


石けんは一番手は母上にさし上げてくれ。金は後日持ってくから」


「城主から銭を取ろうなんて思ってる人はいないと思いますがねぇ」


「城主だからと遠慮は無しだ。お前もダメだよ?商いは平等にしてこそだ。」


にっこりと笑う政宗様に小次郎様と思わず顔を見合わせ二人苦笑してしまった。


本当にまっすぐな方だ。







右目が飛び出たと解ったとき、ああ俺の不運は始まったと思った

現実は、なんとか母や弟といさかいなく、父も畠山に人質にとられることなく、今は隠居し相談役となっている


よく頑張った俺!


「政宗様?如何なさいました?」


「ああ…右目を喪った時は今後きっと波乱に富んだ人生になるだろと途方に暮れたものだが…


今はこうして兄弟仲も親子仲も順風満帆で良かった


お前が俺の右目であったからこそだ」


小十郎の空いた杯に並々と酒を注げば恐縮しながらも呑む


その耳が赤いのでついからかいたくなるのだ


「!?」


ぺろり 悪戯心のままその赤く熟れた耳を舐める


「小十郎、」


「お戯れは…」


「戯れとはヒデェじゃねぇか」


生々しい音に小十郎は顔を茹で蛸の様に赤くして


ぱたり


「ahー漸く効いたか。


ったく、薬が中々効かねぇのも難儀だな」


最近仕事量が馬鹿みたいに多く、己は勿論、この堅物も休みを殆ど取っていない。


いい加減休まねば過労死するゾ過労死。って訳で小十郎に薬入り酒を呑ましたわけだが、速効性の割に効く様子もなく、仕方なく強行手段に出たわけだ。


楽しくないといやあ嘘になる。昔から強面好きだからなな


酒を一杯煽り、小十郎を姫抱きして己の部屋に入れ布団に寝かした。


「五月雨、明日は小十郎を休みにすると伝えとけ。次いでに俺も昼まで寝とくと。


女中にも伝えておけよ 」


「御意…」


「なんだ?五月雨。添い寝したいのか?」


ニヤリと意地悪そうに笑う政宗に五月雨は頷いた


「素直だな?」


「草の身で、望むことではありませぬが、御許し頂けるならば頭を…」


「何だ、そんな事か?可愛い奴だな」


ナデナデと頭を撫でれば幸せそうに花散らし消えた。


「我が城は可愛い子が多いな」
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